二十二話 絶望の黒魔法
「シェヘラ! 俺が相手だ!」
駆け付けたアルフがライラの姿をしたシェヘラに碇型の斧を叩きつける。
「困った。男の寿命を奪うのは私の美学に反するな。やりにくい」
「師匠の姿で喋るんじゃねぇ! 奥義、黎明の箱舟!」
「縛鎖!」
詠唱と共に巨大な船型の大波がシェヘラに放たれる。一方でシェヘラは、自身の衣服を変形させ、それを触手のように使って箱舟を縛り、奪取の魔法で威力を吸収した。技同士のぶつかり合った衝撃で、辺りに潮が飛び散る。
「布の魔法は藍色の魔法のはずだ……」
「私は堕落者さ。遥か昔、ザード家の当主に捨てられた哀れな姫の成れ果てだよ」
「ザード家……そんな理由で師匠を!」
「寿命を奪うのにいちいち理由なんていらないさ。私が奪いたいから奪うだけさ」
潮の雨を浴びたアルフは再びシェヘラに向けて斧を振るう。シェヘラは衣服を巧みに操って次々に襲い来る斧撃をかわしていく。
「大海の斧撃!」
大きく斧を振るいながらモルが戦いに割って入る。シェヘラは動揺しながらもモルの攻撃を即席の布の盾で防ぐ。
「モル……!」
「お兄ちゃん。落ち着いて。シェヘラの言葉に惑わされないで」
潜海を使ったモルは先程とは打って変わって冷静な様子だ。
「そうだったね。ありがとう。モル……お前はトオルのところへ行くんだ」
「え? どうして」
モルは目を丸くする。
「見るからにあいつがまずいのが分かるでしょ。俺は一人で倒せる。行け」
アルフの目には、トオルが黒い鳥籠のようなものに閉じ込められているのが見えていた。
「……絶対死なないでね」
モルがアルフの目を見て訴えるように言う。
「分かってるさ」
アルフは力強く答えると、自身も潜海を使用し、シェヘラに向き直る。
◇
アカリは藍の国のレンジャーたちを連れて、スナイパーがいたと思しき森へ来ていた。
「銃弾が発射されたのは確かこの場所……」
「――っ!」
突如、大きな銃声と共に、レンジャーたちを銃弾が襲う。彼らは声を上げることもできずに倒れこむ。
「桜吹雪!」
アカリは刀を薙ぎ、突風を巻き起こす。木々の葉が散っていき、森に隠れていた敵の魔導士の姿を露わにした。銃を使う黒魔導士は、黒のフードから目だけを出し、顔を隠している。
「あれが、トオルが言ってたスナイパー! ――木桜!」
彼女は再び刀を振る。それによって、森の木の枝から桜の花が咲く。桜の花は、銃の魔導士を目掛けて降り注ぐ。銃の魔導士は機関銃を生成し、打ち抜いた。
「テイマー、作戦の邪魔は殺せって言ってた。だからお前、殺す」
「やってみなさい!」
「ジェネレート。ガドリング」
銃の魔導士が淡々と言う。彼は魔法でガドリング砲を生み出し、攻撃を始める。高速で放たれた銃弾は木々を倒し、レンジャーたちを襲う。
「――なんだ! 潜海でも見切れない攻撃だと!」
「こんな技術一体どこから……」
レンジャーたちも、それぞれの技を使って銃弾を防ぐが、攻撃の物量に押され始めていた。アカリも俊歩で攻撃を凌いでいるが、体力の限界も近い。
「緋桜!」
アカリは攻撃を食らう覚悟で、銃の魔導士へ斬りこむ。その斬撃はガドリングに命中し、機能を停止させた。
「……任務遂行不可。撤退する」
銃の魔導士は、銃を壊されたのを確認すると、すぐに逃げて行った。
「え? ちょっと! 逃げるのが速すぎるでしょう!」
アカリもその後を追う。
◇
「魔力の補給が出来なかったら君はただのレンジャー以下だ。さぁ早く魔力を使い切ってよ」
「くっ……」
テイマーのダークネストによって俺は、魔力を補給することが出来なくなってしまった。テイマーはただでさえ強力な魔導士だというのに、魔力が切れたら戦いようが無い。白の魔力は今はあまり残っていなかった。藍の魔力で俺は何とか持ちこたえる。
「うん。攻撃がさっきより追いやすくなったね。クロウウィング!」
テイマーが狭い空間の中で、大きな羽を振るう。俺はよけきれずに、強力な斬撃を食らってしまう。
「この中で魔獣を出すのもいいかもね。やってみようか。来い。スワロウ」
「ビュィィ!」
彼がそう唱えると、黒い燕が現れた。燕は籠の中を縦横無尽に飛び回り、無差別に攻撃する。俊歩はもう維持するのが難しい。俺は潜海を使って燕の攻撃を見極める。
「一閃!」
光と共に、燕は切り裂かれて消滅した。しかし、今ので白の魔力はほぼ無くなった。残っているのは使い慣れない藍の魔力、それと、もう一つ……
「良い顔だよ。そう。それそれ。魔力が足りてないんだろう? いいことを教えてあげるよ。黒の魔法を使うんだ。この巣の中だったら使い放題だよ」
魔力不足で苦しむ俺の顔を見てテイマーは笑う。
「操舵奪取!」
「な?」
――突如、放たれた技によってダークネストが解かれ、中に光が差し込む。その先には斧を持ったモルの姿があった。
「トオルさん! 大丈夫ですか」
「モル? シェヘラは……?」
「お兄ちゃんが一人でって。とにかく、この人を倒してすぐにお兄ちゃんを助けに行きましょう」
彼女はいつになく締まった表情だ。彼女なりの決意の表れだろう。
「僕もずいぶんと舐められたものだねぇ。分かった。奥の手を出そう」
テイマーは自分の魔法を壊されたことに少し苛立ちながらも、余裕を崩すことは無いようだ。それどころか、既に口元には不敵な笑みが浮かんでいる。まだ何かを企んでいるのか。
「来い。ナイトメアドラゴン」
その詠唱と共に、海上に大きな黒い影が現れる。それは次第に実体を伴っていき、遂には巨大なドラゴンの姿になった。エリアホワイトで戦ったものとは比較にならないほどの大きさだ。
「嘘だろ……大きすぎる……」
その魔獣の余りの強大さに俺もモルも言葉を失う。
「当然だ。これは僕の命をかけた魔法、生命解放魔法だからね。このドラゴンは僕の魂そのものさ。さぁドラゴン。町を消せ」
テイマーがドラゴンに命じる。ドラゴンはその口を大きく開き、魔力をチャージする。まさか、あの口から魔弾を出すつもりか。あの魔力での攻撃を町が受けたら、本当に町の一部が消し飛ぶぞ。
ドラゴンはそんな俺たちの尚早などは無視し、無慈悲にも漆黒の魔弾を町に打ち込んだ。信じられないような轟音と共に、ダルバットの中心部が、消え去った。
「そんな……」
戦わないと。俺の意志が俺を鼓舞する。しかし、俺とモルは目の前に広がる絶望にただ打ちのめされることしかできなかった。




