二十話 奪取の魔法
ライラはアカリの寝顔にそっと手を伸ばす。
「あなたも私のものになりなさい……」
――その瞬間、アカリは目を開けて刀を抜き、ライラに向けた。
「なっ……」
ライラは驚愕している。
「そんな気はしてたんです。お茶に睡眠薬を入れていたから自分では飲まなかったのでしょう? シェヘラさん」
アカリはライラの姿をしたシェヘラを睨む。
「賢い子ね。それで、私の正体を暴いたからどうなると言うのかしら? この姿は私の偽りの姿の一つに過ぎないというのに」
刀を向けられながらも、シェヘラは余裕を見せる。
◇
部屋の中の騒音を聞いた俺は慌てて病室に入る。そこには、アカリがライラさんに刀を向けている光景が見えた。
「ライラさんがシェヘラってことなのか……?」
俺は困惑しながらも刀を抜いてライラさん、いやシェヘラに向ける。
「ええ。彼女が成りすましていたみたい」
アカリは険しい顔をしながら答える。
「本当のことを話してもらおうか。お前は一体いつからライラさんと入れ替わっていた?」
「彼女が持病で倒れて寝たきりになったときさ。前からザード家には恨みがあったからね。彼女から奪った寿命は大したことは無かったけど、この姿は役に立つね。誰も私のことを怪しまず、ましてや尊敬されるのだから……」
シェヘラは恍惚の表情で答える。彼女が持病で倒れていた時からだと……なら本物の彼女はもう手遅れか……
「……お前の魔法は人から寿命を奪い、姿までも奪う魔法か」
「そう。私はこの『奪取』の魔法を黒の帝王から授かったのよ。そうして私は一度失った人生を取り戻していったの。そうそう。私は相手と話してから寿命を奪うようにしているのよ。姿を使うときにその子の素性を知らないと不便でしょう? 本当は今からでもあなた達を殺せるのよ。でもそれは私の美学に反するからしないの。美しい命は美しいまま奪わないと、私の命が汚くなってしまうからね」
シェヘラは飄々と言う。命を愚弄する邪悪な人間を前にして、俺は気分を悪くする。
「ふざけるな。その命はお前のものじゃない! お前に命を奪われた人たちのものだ!」
俺は叫ぶ。
「何人死のうが私には関係ないわ。不幸な私が報われるためならどれだけ他人が犠牲になろうと私は構わないの。そんなに私が恨ましいのなら、私を倒せばいいじゃない?」
「言われずともやってやるよ」
俺はシェヘラの首を狙い刀で突く。シェヘラは自身が来ていた藍色の衣服を変形させて刀を包み込むと、更に布を変形させて俺たちに向けて放つ。あの布からはこれまでの中で一番濃い黒の魔力を感じる。あの布の攻撃は危険だ。あの布に触れただけでも命を脅かすような、そんな瘴気を感じる。
「潜海!」
モルの言った通り、周りの不要な情報が一切シャットアウトされて、まるで海に潜っているような、目が覚めるような集中の中に入ることが出来た。俺は迫りくる布を刀で粉々に切り刻む。同時に俺はシェヘラを追おうとするが、彼女は既に窓から逃走するところだった。
「逃がすか!」
潜海は切れてしまった。窓から逃げて行ったシェヘラを探すため、俺は窓から体を乗り出す。
「くそ……暗いな……光明!」
俺は光の魔法で辺りを照らすが、彼女の姿は見当たらない。
「駄目だ。来い! 白鷺!」
「ピヨォ!」
元気良く白鷺が召喚される。
「お前、またデカくなったな。シェヘラを探してくれ!」
「ピョッピョゥ」
白鷺は威勢よく飛び出していった。
「私、表から探してくる!」
「頼む!」
アカリは駆け足で病室を出ていった。
「何があった?」
アカリと入れ違いにアルフが部屋に入ってくる。
「……シェヘラが出た」
「なんだって? シェヘラは逃げたのか?」
アルフは荒げる。
「はい。今探してます」
「シェヘラはどんな姿だった?」
「……ライラさんに、擬態してました」
俺は苦しげに言う。この事実に一番ショックを受けるのは恐らく彼だ。
「師匠に? まさか、これまでの師匠も……?」
「はい……持病で倒れたときからみたいです……」
「じゃあ、本物の師匠は……」
アルフは言葉を失い、目を虚ろにする。その後突然口を噛みしめたと思うと、大声で叫んだ。
「シェヘラァァァァ!!!」
アルフははぁはぁと息を荒げている。
「絶対に許さない。あいつは俺が殺す」
そう言ってアルフも駆け足で表へ出て行った。俺はどうにもできない現状にただ苛つくばかりだった。
◇
「駄目。見つからなかったわ」
アカリがハザール家の客間に戻ってくる。
「俺の方も駄目だ。白鷺も帰ってこない」
そのとき、俺は客間にモルが入ってきたことに気づく。彼女には明らかに生気が無い。
「――モル。起きたのか」
「はい……話は聞きました。すみません。邪魔でしたよね。少し、一人になってきます……」
それだけ言うとモルは引き返していった。それとすれ違いでアルフが戻ってくる。
「クソ……このままじゃ俺たちはやられっぱなしだ……!」
「どれだけかかっても、必ず決着をつけましょう。絶対に彼女を倒すんです。俺も許せません」
「だが、シェヘラは自由に姿を変えられるんだろう?」
アルフは不意に弱気になる。
「彼女はもう隠れ蓑を無くしました。次に彼女が現れる場所を突き止めて、倒しましょう」
「やはりモルを囮にするのか……」
「それしかないかと」
逡巡の末、アルフは静かに頷いた。
「……分かった」
その夜はそれで解散となった。決戦の夜明けまでの一時の休息。俺は酷く質の悪い眠りについた。
◇
「はぁ……はぁ……もうライラの姿は使えないな……」
息も絶え絶えにシェヘラが森の中へ走りこむ。森にはテイマーをはじめとした直属部隊の隊員20名程が息を潜めていた。
「シェヘラさん。藍の七戦帝ともあろう方がそんなに焦ってどうしたんです?」
テイマーが聞く。
「私としたことが、つい欲望を抑えきれなくなってね。レンジャーたちに正体がバレた。今頃奴ら、血眼になって私を探してるだろうね」
「シェヘラさんは恨みを買うのがお得意ですねぇ」
「どれだけ恨みを買ってもいいさ。私を捕らえられる奴なんていやしない……ただ、あの二人は始末しておくべきかもしれないな……」
シェヘラは町を見下ろす。
「あの二人とは?」
「トオルとアカリさ。予想以上に賢い奴らだ」
「あぁ。あの二人ですか。確かに。それで、明日も町に出るのです? それなら手を貸しますが」
「ああ。出るさ。まだ狩りは終わってないからね。隠れ蓑を失って、これからしばらく寿命を奪えなくなるんだ。あんたがいる内に沢山狩っておきたいね」
シェヘラは邪悪な笑みを浮かべる。
「分かりました。狩りは僕も得意ですし、狩りにはガンナー君も向いています。御子ちゃんは怖がって来てくれなかったんですけど」
「狩りか。了解した」
ガンナーも呟くように言う。
「シェヘラさんの獲物とトオル君は殺しちゃだめだよ」
「分かった」
シェヘラとテイマーたちもまた、森の中で夜明けを待った。




