十八話 藍色の国へ
村に戻った俺は、アカリとヒジリさんにエリアネイビーの任務を受けることを話した。
「え、それで明後日からエリアネイビーへ行くの?」
「ああ。そういうことになった」
アカリはきょとんとしている。
「もう、エリアセントラルで大規模な襲撃があったから心配してたのに、本人はすっかり元気で、その上、違うエリアに行く話まで取り付けてきちゃうなんて……」
「まったく、忙しい奴だな」
アカリの顔は少し曇っているが、ヒジリさんは笑っていた。
「それじゃあ、私も付いて行っていいかしら。トオル一人じゃ少し心配で。誘ってきたモルさんもまだ若いんでしょう?」
「大丈夫だよ。アカリの心配には及ばないよ」
いつもアカリに付いてきてもらっていては悪い。そろそろ独り立ちしないといけないと思っていたところだった。
「……わっ私が行きたいのよ。いいでしょう?」
アカリは不意に顔を赤らめ、目を逸らしながら言った。
「そんなに言うなら止めはしないけど……」
「よかったわ。って父さん! その気持ち悪い顔やめて!」
見ると、ヒジリさんは口角を上げてにやにやとしていた。
「んな! ひどいこと言うなぁ。父さん落ち込んじゃうぞ」
「もう、知らないわ」
落ち込むヒジリさんを横目に、アカリは部屋を出て行ってしまった。
「まあ、とりあえず。アカリと仲良くやってしてくれ、トオル」
ヒジリさんが座りなおす。
「分かりました……」
なんだか少し嫌な予感がするが、これが気のせいであることを祈ろう。
◇
翌々日。俺とアカリは門の前で迎えの馬車を待っていた。
遠くから近づく馬車が見える。
「お迎えに上がりました! トオルさん」
モルが元気よく顔を出す。
「遠いところからよく来てくれたな。ありがとう。モル」
「いやいや、エリアネイビーからエリアブルーを通過したらすぐにここだから、そんなに遠くはないわよ」
アカリが言う。立地的にはエリアブルーを挟んだ場所にネイビーがあるのか。隣の隣ってことか。それにしても、アカリの機嫌が悪い気がする。
「そうは言ってもこの村はグリーンよりじゃないですか。というか、アカリ・シラサギさんですよね。珍しい桜色の魔導士の!」
そんなことも露知らず、モルは相変わらずの笑顔だ。
「あなたがモルさんなのね。突然で悪いのだけど、私もエリアネイビーへ連れて行ってくれないかしら?」
「もちろん良いですよ! 人出が増えて嬉しいです。さぁ乗ってください。エリアネイビーの首都、ダルバッドには半日と少しで着きますよ!」
俺たちは馬車に乗り込んだ。
「モルさんはどうしてトオルに依頼したのかしら?」
馬車の中で、アカリが話し出す。
「トオルさんは強いですから。私を守ってくれると思いまして。あ、それにトオルさんは私を必ず守ると約束してくれました!」
モルはまたしても笑顔で言う。
「そっそう……トオルは優しいものね……」
アカリはたじろぎ、口を閉じてしまった。何故かとても申し訳ない気持ちにさせられる。俺は早くエリアネイビーに着いてくれと心から願った。
◇
「悪いが君に妹は渡せないよ」
エリアネイビーに到着し、モルの家へ通された俺たちだったが、いきなりモルの兄、アルフ・ハザールにとんでもないことを言われた。彼は見たところ優しそうな顔をしているのだが……
「いや、そんなつもりで来たわけじゃないんですけど!」
俺は全力で否定する。
「そうだったかい? なら何故、部外者がわざわざネイビーに? それも無色という素性の知れない者が」
穏やかな顔をしながら、言葉にはかなり棘が混じっている。
「説明、受けてないんですか。俺たちはシェヘラの討伐を助けるために来たんですよ」
「それなら断ったはずだけどな。俺に無断で来させたのか? モル」
アルフは顔色を変えずにモルを見る。モルはばつが悪そうな顔をしている。
「お兄ちゃんに言ってもどうにもならないからでしょ」
モルがいじけるように言う。
「また勝手なことを……とにかく。シェヘラの討伐は俺たちネイビーのレンジャーとエキスパートだけで十分だよ。そもそも、レンジャーが二人ほど増えたところで何も変わらないし」
アルフは呆れた様子を見せながら、淡々と言う。
「そんな……」
――そのときだった。一人の男が俺たちのいる客間に大慌てで入ってきた。彼は背中に斧を背負っている。レンジャーだろうか。
「大波だ! 町を大波が襲ってきてるぞ!」
男は叫ぶ。
「何?」
俺たちは武器を持って急いで表に出る。数百m先の海を見ると、黒い色をした大波がこちらに迫ってきているのが見えた。よく見ると目があるようにも見える。海坊主みたいだな。
「あれは……何だ?」
アルフが呟く。
「魔獣じゃないですか。もっとも、獣の形はしていませんが。大波の魔物といったところでしょうか」
「そうか。なら倒さないとね。言っておくけど、俺は次期マスターのエキスパートだ。くれぐれも邪魔はしないでよ」
そう言うとアルフは海へ駆ける。
「邪魔なんてしませんよ。あなたより早く魔物を倒してしまうかもしれませんけど」
俺は海へ走るアルフを俊歩で抜かす。
「何だと?」
アルフは驚いている様子だ。俺の後ろにはアカリも続いている。
「二人とも速いですね」
モルも後ろから何とか追い付こうと走る。
大波はもう町の目の前まで迫ってきていた。ひとまずあの第一波を止めなければ。俺は刀を抜く。
「奥義、光陰如箭!」
刀に予備として貯めておいた魔力で俺は技を放つ。光と共に放たれた連続の斬撃によって、大波の一つは消滅した。しかし、第二波、第三波がまだ後ろに待ち構えている。
「本体はここじゃないか……」
「そうね。次の波に行きましょ」
俺は直ぐに着地すると、アカリと共に次の波へ向かう。
「エリアホワイトの出身は足だけは速いな……」
アルフとモルが追い付く。
しかしそれと同時に、俺はアルフに迫る大波に気づいた。彼は気づいていないようだった。
「アルフさん! 危ない!」
俺は咄嗟に叫ぶ。
「俺の心配は無用だよ。そちらの特技が高速移動なら、こっちは集中さ」
アルフは背負っていた碇のような形の斧を右手に持った。
「潜海」
彼が詠唱する。しかし、一見して何も変わっていないように見える。依然として波は彼に近づいてきているが……
「操舵奪取!」
アルフがそう詠唱すると、波は斧に導かれて激しくうねり、逆流していく。そうして波は前に進めずに後ろから更に来た波が溜まっていき、遂には負荷に耐えられなくなって消滅した。
「彼は何をしたんだ……?」
「潜海は周りの騒音をシャットアウトして、敵の音だけを聞き、自分の集中力を極限まで高める技です。そうすることで敵の攻撃がスローモーションに見えたり、高速で思考することが出来るようになるんです」
モルが解説してくれた。ものすごく深い集中をすることで疑似的に周りの時間を遅くするってことか。
「因みに俺は普通の魔導士が一分も継続できないところを、十分継続できる」
十分の間も周囲の時間を遅らせていられるって、普通にチートだろ。やっぱりマスターレベルにもなると魔法もずば抜けてるな。
「トオルくんだっけ。さっき本体がどうとか言っていたね」
さらに続く大波の相手をしながらアルフが聞く。
「はい。黒の魔獣には核となる本体があって、そこを壊さない限り魔力が尽きるまで復活し続けるんです」
「なるほど。それをどうやって探す?」
「俺の光の魔法で魔獣を照らします。それで本体を見つけたら倒してください」
俺の言葉にアルフは一瞬黙る。
「……そうするしかないか――おい、波が来てるぞ!」
――俺が気付くと、目の前に再び大波が迫ってきていた。
「! 操舵奪取!」
俺は急いで技を放つ。波の操縦権を得た俺は波を逆向きに回転させ、反対側へひっくり返した。
「何だって? こいつ、俺の技を……」
アルフは言葉を失う。
「トオルは無色の特性で、自分が見た魔法の魔力を取り込むことが出来るの」
アカリが機嫌を戻しながら言った。
「なんだ、そのせこい技は」
アルフは納得がいかないようで、むすっとしていた。実のところ俺自身も原理はよくわかっていないのだけど。
大波は依然として勢いを弱めずに町へ向かって来ていた。




