十一話 黒の魔導士
「魔獣が出た! 早く逃げるんだ!」
俺たちは村へ走る。村民たちは何事かと言った様子で表に出ている。
「魔獣? 魔獣ぐらいたまに出るだろ。お前たちレンジャーなんだからお前たちが倒せばいいだろ?」
「そうだそうだ!」
村民たちが口を揃えて言う。しかし、事態は刻一刻と悪化している。魔獣たちが村まで到達してしまえば彼らは逃げる間もなく魔獣たちに押しつぶされてしまうだろう。
「今度の魔獣はいつものとは比べ物にならないんだ!」
「なんだって? おい、もしかして魔獣ってあれのことかよ……大木かと思ったぞ……」
村からもすでに、大熊や黒龍たちの姿が見えていた。それは世界の終わりと形容しても大げさではない程のものだった。
「そうだ! 早く逃げてくれ! あいつらが来てからじゃ遅いんだ!」
俺がそう言うと、村民たちは慌てて逃げ始める。避難の指示が届いたことに俺はひとまず息をつく。
「ここまで焚きつけておけば大体の村民は逃げるだろう。フブキ。悪いが、逃げ遅れた村民やお年寄りの避難の手伝いをしてくれるか?」
リツがフブキを横目に見る。フブキも彼と目を合わせると軽く頷く。
「わかったわ」
「それなら私も行く。その後で合流するわね」
アカリも名乗りを上げる。そうして彼女たちは村へ走っていった。
「頼む。俺たちは、あの魔獣たちを斬る。行くぞ、トオル」
「ああ」
俺たちはアカリたちに背を向けて魔獣の待つ森へ向かう。とはいえ、もう魔獣たちは集落のすぐそこまで来ている。ある程度の建物の倒壊は免れないだろう。
「ここまで巨大な魔獣は俺も見たことがないな。それに黒い……多分、黒の魔法が使われてる」
熊、虎、龍、鵺など、魔獣たちは総じて体が黒い。そんな魔獣の大群にレンジャーであるリツでさえも尻込む。
「それはつまり、これは誰かが召喚したものだって言うのか?」
「その通りだぜ。リツ。それと無色野郎」
前方から声がした。声の主はコタロウだった。虎柄の和服を着て、黒い髪を後ろに結んでいる。そしてその目は、黒く染まっていた。
「お前はコタロウ……」
「何があった! コタロウ! お前まさか、黒の魔法に手を出したのか?」
リツが憤る。レンジャー試験を欠席したとは聞いていたが、まさか黒魔法に手を出していたとは。
「そうだ。黒の魔法は凄いぜ。これだけの魔物を召喚しても余裕でいられる。俺は黒に染まって強くなったんだ。もうお前たちに負けることはねえ」
「そうまでして強くなりたかったのか!」
「うるせえ! 元から強いお前にはわからねえだろうよ! 負けた奴の気持ちなんて」
「……」
確かにコタロウからすれば、俺は努力もせずに強くなった奴なのかもしれない。だが俺は俺自身の強さを現実世界での地獄の日々とその後悔によるものだと信じている。とはいえ、俺が異世界から来たということをばらすわけにはいかない。結果的に俺は黙り込んでしまう。
「お前ら二人とも魔獣の餌になればいい。無色にはそれがお似合いだ!」
その言葉と共に大熊と虎が俺たちに襲い掛かる。
「行くぞ。トオル。真剣を使うのは初めてか」
「いや、大丈夫。心配しないで」
「分かった」
俺たちは背中を合わせ、刀の柄を握る。初めての共闘だが、不思議と緊張はしていなかった。
「奥義、光彩奪目!」
「千羽鶴!」
俺は居合の構えから、跳躍し、大熊の首を切り落とした。リツも飛び上がり、得意技の千羽鶴を繰り出す。折り鶴たちは虎の腕を斬ったが、虎は腕を瞬時に再生させた。
「何? だがまだ魔獣はたくさんいる。本当の悪夢はここからだ!」
「来い! 白鷺!」
「……ピヨゥ」
俺は白鷺を呼ぶ。前回と同じく雛鳥が飛んできたが、前より少し大きくなっている気がする。白鷺は魔獣を見るなり、どこかへ飛んで行ってしまった。
「って、お前どこに行くんだ! おーい!」
「呆れるな。まあいい、気を取り直せ。そう余裕はないぞ」
「……分かってるよ。俺も気は抜かないさ」
俺たちは再び魔獣を斬っていく。虎は縦横無尽に動き回り、翻弄するが、俺も瞬歩を使って動きに追いつく。俺は虎の背中に刀を突き刺し、馬乗りになった。
「一閃!」
俺は虎の首を切り落とした。虎は回復せずに倒れて消えた。どうやら魔獣にも核となる部分があるらしい。そこを壊せば再生させることなく倒すことが出来るのだろう。
「紙風船!」
リツも風船を使って上空へ飛び立つ。彼は龍の相手をしようとしているようだ。
「連鶴!」
リツが上空で詠唱すると、四羽の繋がった折り鶴が現れ、ブーメランのように回転しながら龍を攻撃した。しかし、龍は傷をすぐに回復させると、黒い霧のようなものを口から噴き出した。黒い霧は折り鶴や、紙風船を腐食させ、崩壊させた。風船を壊されたリツは落下してしまう。俺は瞬時にリツの落下地点まで先回りし、受け止めた。
「すまない、トオル」
「大丈夫だ。それよりリツ、奴らにも核となる部分はあるみたいだ!」
「そこを狙えばいいのか」
「そうだ。仕切り直すぞ。俺は龍を斬る。リツは鵺を相手してくれ」
俺たちは再び刀を構え直す。俺は自身の体重を軽くし、龍が飛んでいる高さまで飛び上がる。俺に気がついた龍は黒い霧を吐き出す。
「晴嵐!」
俺はフブキから受け取った魔力で、霧を張った。やはり俺の予想通り、黒色と白色の魔力は相殺し合うようだ。黒い霧は白い霧に飲まれて消えた。
「千羽鶴・騒嵐!」
俺は折り鶴たちを雪に見立てて折り鶴の吹雪を起こす。龍は嵐に飲まれ、細切れになり消滅した。俺はそれを確認すると着地する。
「流石は無色。期待通りの実力だ」
上空から声がした。俺が上を向くと、そこには黒髪を伸ばし、袖の無いやけに現代的なパーカーのような服を着ている黒目の男が、大きな鴉に乗っているのが見えた。
「お前、誰だ」
「僕はテイマー。君の力を見に来たんだ。無色君」
テイマーは不気味に笑う。
「お前、黒の魔導士か……」
「そうさ。ほら、よそ見してたら危ないよ?」
俺は背後に気配を察知した。猿か。
「一閃!」
俺は素早く刀を抜き、大猿の首を切り落とした。俺はテイマーの方へ向き直る。
「コタロウに何をした?」
「僕は勧誘しただけさ。そうだ、君も黒に染まらないか?」
「染まるわけないだろ。悪いが俺は黒にはいい思い出がないんだ。倒させてもらう」
俺はテイマーに刀を向ける。
「勧誘は失敗かぁ。じゃあ、強制的に行くとしようか」
テイマーは鴉から飛び降りると、腕を黒い羽で覆い、ファイティングポーズをとった。
初めて黒の魔法使いと対峙した俺は瞳がチリチリと痛むのを感じていた。




