腐樹の胎動
──静寂。そして、完全なる暗黒。
五感のすべてが漆黒の闇に塗り潰されていた。自分が生きているのか死んでいるのかさえ判然としない、底のない深い泥の中に沈んでいるかのような感覚。
だが、強烈な不快感が、私の意識を強制的に引きずり戻した。
「……っ!? う、く……っ」
息が、できない。
肺が酸素を求めて悲鳴を上げているのに、空気が入ってこないのだ。パニックに陥りそうになる頭で、辛うじて自分の状況を把握しようとする。顔面に、冷たくて硬い、そして奇妙にカサカサとした何かが、蜘蛛の巣のように何重にも張り付いていた。
首を狂ったように左右に振り、顎を動かし、顔の皮をきしませながら、必死になってその悍ましい障害物をどけようともがく。
ベリッ、と皮膚が剥がれるような痛みの後、わずかな隙間から冷たい空気が滑り込んできた。
「ハァ……ッ、ハァ……ハァ……ッ!」
貪るように呼吸を繰り返す。喉の奥がヒリヒリと焼け付くように痛む。
空気を吸い込めたことで、ようやく冷静な思考が戻ってきた。私の顔を覆っていたもの──それは、先ほど地上でトロールを貪り喰っていた、あの人喰い樹の「蔓」だった。
状況を確かめようと手足を動かそうとしたが、身体が微塵も動かない。
それどころか、動かそうとすればするほど、全身を幾重にも拘束している蔓が、獲物を締め上げる蛇のようにギチギチと音を立てて肉に食い込んでくる。私は完全に、植物の繭の中に閉じ込められていた。
(……そうだ、私たちは地面が崩れて、底の抜けた穴に落ちたんだわ)
あの凄惨な光景が脳裏をよぎる。トロールを喰らっていた妖樹が私たちに気づき、その直後に足元が崩落した。生きたまま捕食される恐怖に、心臓が早鐘のように脈打ち始める。このままじっとしていれば、先ほど地上で見つかった死体たちのように、すべての血と生気を吸い尽くされて、青白い肉塊に変えられてしまう。
(嫌……! こんなところで、死んでたまるものですか……!)
私は必死に右腕の感覚を探った。ドレスの腰帯。そこには、先ほどの戦場で亡くなった兵士から借り受けた、一振りの短剣が刺さっているはずだ。
右の指先を少しずつ動かしていく。蔓が衣服を裂き、肌を擦って痛みが走るが、そんなものを気にしている余裕はなかった。
少しずつ、本当に少しずつ、手のひらを腰の方へと這わせていく。だが、身体を丸めることもできないこの緊縛状態では、あと数センチというところで指先が虚空をかすめるだけだった。
思うように短剣に手が届かない。焦燥感が、冷たい汗となって全身から噴き出す。
もう少し。あと、もう少し。あともう少しで、柄に届くのに……!
「……く、ぅ、ああっ!!」
心の中で叫びながら、肩の関節が外れるほどの勢いで腕を伸ばした。指先が、硬い革巻きの柄に触れる。その感触を逃さじと、私は必死に指を絡め、短剣を帯から引き抜いた。
届いた……!
私は手首の可動域だけで短剣を操り、自分の身体を縛り付けている蔓に向かって、がむしゃらに刃を押し当てた。
ジャリッ、と、思いのほか脆い音を立てて蔓が切れる。一度切れ目が進めば、あとは早かった。力を込めて刃を動かすたびに、身体を圧迫していた拘束が劇的に緩んでいく。
そして、胸から太ももにかけての蔓を切り裂いた、その瞬間だった。
──ドサッ!!!
「うあっ!?」
突然、身体が浮遊感を覚えた直後、私は硬い地面へと背中から叩きつけられた。
衝撃で肺から強制的に空気が押し出され、激しく咳き込む。どうやら私は、地面から少し高い場所に、蔓によって吊るされていたみたいだった。
短剣を握り締めたまま、私は這うようにして上半身を起こした。
全身の打撲痕が悲鳴を上げていたが、それ以上に、周囲の状況が異常だった。
上も、下も、右も、左も。視界を占めるのは完全なる一色の闇。一寸先も見えない。激しい雨の音も、ドラゴンの咆哮も、ここには一切届かない。まるで世界の終わりに一人だけ取り残されたかのような、圧倒的な孤独と静寂。
けれど、ここは……一体どこだというの? 妖樹の巣の地下? それとも、底なしの……。
思考が恐怖で麻痺しかけたその時、私は最も重要な存在を忘れていたことに気づき、血の気が引いた。
「はっ……!? リーシャ! リーシャ、どこなの!?」
私は狂ったように周囲の闇に向かって叫んだ。
落下するその瞬間まで、確かに私の腕の中にいたはずの、最愛の妹。
「リーシャ! 返事をして! リーシャ!!」
私の悲痛な叫び声は、湿った暗闇の中に虚しく吸い込まれていくだけで、愛しい妹からの返答は何も返ってこなかった。
暗闇の中で、私は己の無力さに打ちひしがれそうになっていた。
手探りで周囲の地面を這い回るが、触れるのは冷たい土と、奇妙に乾燥した植物の破片ばかり。このままでは、すぐ側に妹がいたとしても見つけることさえできない。
(落ち着きなさい、サーシャ。泣いている暇なんてない。何か、何か明かりになるものは……)
道具袋の中の松明は、先ほどの雨と泥で完全に使い物にならなくなっているはずだ。火を熾す道具もない。
絶望が脳裏を支配しかけたその時、私の記憶の引き出しが、半年前のある光景を鮮明に映し出した。
──半年前。王都にある、古びた書物と魔導具の匂いが立ち込める魔法省の一室。
『こうして、体内の魔力を指先に集め、柔らかな光の球をイメージして出すんだ』
目の前で、魔法省の老偏屈なマスターアークメイジのロウ師が、手のひらの上にぽっと淡い、美しい光の球を浮かび上がらせていた。
当時、王女としての教養の一環で聖魔法を習わされていた私は、その退屈な授業に退屈そうにため息をついたものだ。
『先生、火を放つ攻撃魔法ならともかく、こんな小さな光を出すだけの魔法なんて、何の役にも立たないわ』
私の生意気な言葉に、先生は気を悪くする風でもなく、穏やかに髭を撫でながら微笑んだ。
『王女殿下、魔法というものは常に様々な使い道があるのです。派手な破壊の魔法だけが魔法ではない。どの魔法も、覚えていて損はありませんよ』
『でも、魔法は人間の生命力──寿命を縮める代償があるって、先生ご自身が仰っていたんですよ? そんなリスクを冒してまで、こんな地味な術を習得する価値があるのかしら』
『確かに、魔力の行使は身体に負担をかけます。だとしても、魔法にはそれだけの価値がある。……例えば、周りに火が移りやすい危険なものがある時は、この「光球」の魔法が極めて役に立つのです。火を熾せば大爆発を起こすようなガスが満ちた洞窟や、乾燥した可燃物に囲まれた場所、水の満たされた場所でも』
『う~ん。そんな特殊な状況、私の人生において一生ないと思いますけど』
私が唇を尖らせると、先生は少し寂しげに苦笑した。
『まあ、どうしても習得したくないというのなら無理にとは言わない。この魔法省以外では、王族といえど全ての魔法を体系的に教える機会はありませんからな。機会を逃すのは、王女ご自身ですぞ』
──あの時の、先生の言葉。
「一生ない状況……まさに、今がその時じゃない……」
私は暗闇の中で自嘲気味に呟いた。
周りはすべて、植物の蔓だ。もしここに火を熾す手段があったとしても、そんなことをすれば、可燃物である蔓に火が移り、私は妹もろとも生きながら燃え死ぬか、窒息するだろう。火を使わずに、周囲を照らす手段。それこそが、あの時「役に立たない」と切り捨てた、光球の魔法だった。
「あの時の感覚を思い出すのよ、サーシャ……」
私は短剣を左手に持ち替え、右手のひらをそっと上へと向けた。
目を閉じ、意識を内側へと向ける。魔法の基本は、何よりも落ち着いて、精神を一定に保ちながら呪文を唱えること。
胸の奥にある、温かい魔力の泉を探り当てる。それを細い管を通すようにして、ゆっくりと右腕、そして手のひらへと導いていく。じわりと、指先が熱くなるのを感じた
パチ、と微かな極小の放電のような音が響いた直後。
私の手のひらの上に、ぽっと、テニスボールほどの大きさの、淡い、純白の光の球が浮かび上がった。
「……上手くいったわ」
私の荒い息に揺れながらも、光球は健気に周囲を照らし出し始めた。
「ありがとう、先生……」
胸の奥で、もう会えないかもしれない風変わりなロウ師へ、心からの感謝を捧げた。王都が陥落した今、あの魔法省の人々がどうなったかは分からない。けれど、彼が授けてくれた知識が、今こうして私の命を繋いでいる。
周囲を優しく照らす光の球が、凍りついていた私の気持ちを、ほんの少しだけ軽くしてくれた。
「ぐずぐずしていられないわ。早くリーシャを探さなくちゃ」
私は光球を浮かび上がらせたまま、周囲の光景を注意深く見回した。
光が照らし出したのは、地下の巨大な空洞だった。天井は見えないほど高く、周囲の壁は湿った土と、無数の植物の根で覆われている。
しかし、照らされた光景を見て、私は一つの奇妙な違和感に気づいた。
「一体どういう事……?」
私が先ほど切り裂いた蔓、そして周囲の地面にのたうち回っている蔓のすべてが、茶色く乾き、完全に「枯れて」いたのだ。
地上であれほど獰猛にトロールを貪り喰い、生気に満ちていた妖樹の蔓が、なぜこの地下ではカサカサに干からびているのか。土の中に飲み込まれたというのに、まるで何年も前に打ち捨てられた死骸の山のように、生命の気配が感じられない。
その時だった。
──ガサガサ。
静寂に包まれた空間の少し前方から、衣類が擦れるような、不気味な音が響いた。
「あれは……!」
私は光球をそちらの方向へと動かした。光の輪が広がった先、山のように積み上がった枯れた蔓の塊の中で、何かが蠢いているのが見えた。人型。その大きさは、明らかに大人のそれではない。小さな、子供の体躯。
「リーシャ! リーシャなの!?」
私は胸を高鳴らせ、なりふり構わずその塊へと駆け寄った。
「大丈夫、お姉ちゃんよ! いま出してあげるからね!」
枯れた蔓が複雑に絡み合い、小さな身体を完全に閉じ込めている。私は左手の短剣を構え、その塊に刃を当てようとした。
「リーシャ、少しの間だけ我慢してじっとしていてね。今からこの蔓を切るから、刃が体に刺さらないように……」
私がそう言って蔓に手をかけた、まさにその瞬間だった。
──「グゥアァァァ!!!!」
「はっ!?」
塊の内側から響き渡ったのは、妹の愛らしい声などでは断じてなかった。それは、地獄の底から響いてくるような、獣の、あるいは死者の悍ましい咆哮だった。
凄まじい力が内側から弾け、枯れた蔓が四方に飛び散る。その衝撃で、私は尻餅をつくように後ろへと弾き飛ばされた。
──カランカラン。
手元から、大切な短剣が滑り落ち、石の地面に虚しい音を立てて転がっていく。
「なに……これ……っ」
光球に照らし出されたその「物体」の姿を見て、私は恐怖で身体の動きを完全に止められた。
それは、人間の子供の形をしていた。だが、もはや人間と呼べる代物ではなかった。
肉体は極限まで干からび、まるでミイラのように骨の輪郭が浮き出ている。衣服の隙間から見える皮膚には、無数の木の蔓が、まるで血管のように、あるいは寄生虫のように皮膚を突き破って体内をのたうち回っていた。全身が、完全に植物に侵食されているのだ。
さらに悍ましいことに、化け物の目の奥はギラギラとした不気味な黄色に変色して発光しており、腐りかけた身体のあちこちにある黄色い斑点が、ブクブクと嫌な音を立てて泡立ちながら、心臓の鼓動のように明滅していた。
「グゥアァァァ!! グゥアァァァァァ!!!!」
化け物は、その植物に侵食された、骨と皮ばかりの腕を振り回しながら、狂ったように私へと掴みかかろうと突進してきた。その口からは、どす黒い体液が溢れ出ている。
「いやっ……!!」
私はパニックを必死に抑え込み、地面を這って、転がった短剣へと手を伸ばした。狂暴な足音がすぐ耳元まで迫る。指先が柄を捉え、急いでそれを拾い上げると、仰向けの姿勢のまま、迫り来る化け物に向けて短剣を突き出した。
「来ないで……ッ!」
「グゥアァァァァァ…………アァァァ…………」
突如、化け物の動きが、ピタリと止まった。
私の短剣が届くよりも、わずかに手前の位置で。
化け物は、両腕を天に突き上げた姿勢のまま、硬直していた。目の奥の黄色い不気味な光が、急速に色褪せていく。ブクブクと泡立っていた全身の黄色い斑点も、一瞬にして光を失い、ただの灰色のシミへと変わっていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
私が身構えたまま息を呑んで見つめる中、その怪物は、糸の切れた人形のように、力尽きたようにどさりと地面へ倒れ込み、二度と動かなくなった。
恐る恐る近寄り、短剣の先で触れてみるが、何の反応もない。ただの、完全に乾燥した死体に戻っていた。
この地下の妖樹の蔓は、捕らえた人間の生命力を限界まで吸い尽くし、最後にはその肉体すらも操り人形のように変えて、養分を絞り出す「苗床」にしていたのだ。そして今、この個体は完全にエネルギーを枯渇させ、真の死を迎えたのだろう。
もし、リーシャがこれと同じ目に遭っていたら──。
最悪の想像が頭をよぎり、私は全身がガタガタと震え出すのを止められなかった。
「そんな……まさか……」
私は震える手で光球をさらに高くへと掲げ、空洞の上方、天井の方へと光を向けた。
光の輪が広がるにつれて、その空間の全貌が明らかになり、私は絶望の深淵へと叩き落とされた。
天井の至る所から、先ほど私が閉じ込められていたような、あるいは今襲ってきた化け物の繭のような物体が、ミノムシのように無数に吊り下げられていたのだ。
十や二十ではない。百、あるいは数百、数千。この森が始まって以来、犠牲になってきたすべての人々、そして魔物たちの成れの果てが、星空のように天井を埋め尽くしている。
「まさか、これ全部……。うそ、そんなの……。リーシャ……無事でいて……」
眩暈がした。この膨大な数の繭の中から、このかすかな光球一つを頼りに、自力で妹を探し出すなんて、あまりにも不可能に近い。一つ一つ切り開いて確かめていては、時間がどれだけあっても足りないし、また先ほどのような活動期にある化け物に襲われるリスクもある。何より、今この瞬間にも、リーシャの生命力が妖樹に吸い尽くされているかもしれないのだ。
猶予は、一刻もない。
……もう、アレを使うしかない。
私はゴクリと唾を呑み、自らの胸に手を当てた。
私の知る魔法の中に、一つの術がある。それは上位魔術の項に分類されていた「探知魔術」
特定の対象が持つ固有の魔力波形、あるいは精神の残滓を追跡し、その位置を特定する高度な魔術。だが、これは今の私のような、魔法の訓練が浅い者が使うには、あまりにも失敗するリスクが大きすぎる術だった。
もし、探知の網を広げた際に制御を失敗した場合、周囲にある無数の情報──この場にある数百、数千の死体たちの怨念、残留思念、恐怖の記憶が、一気に脳内へと逆流して駆け巡ることになる。訓練を受けていない私の脳は、それほど膨大な情報を一度に処理できるようにはできていない。処理しきれず、激痛と共に確実に気を失ってしまう。重い場合は、精神が崩壊するか、二度と目を覚ますことさえできなくなる危険性があった。
「でも……悠長な事は言っていられないわ。使うしか、手がないんだから」
この暗闇の迷宮から魔法なしでリーシャを探し出すのは、砂漠の中から一粒のダイヤを探すようなもの。
私は覚悟を決め、足を肩幅に開いて地面を踏み締めた。
術を成功させるためには、探知の対象を「リーシャ」という人間にしてはならない。ここには人間だった死体が多すぎる。人間という曖昧な条件で網を広げれば、一瞬でノイズに脳を焼かれる。
もっと具体的で、この世に二つとない、明確な魔力を持つ「モノ」をターゲットにしなければ。
私は、妹がいつも大切に胸元に飾っていた、一つの宝物を思い浮かべた。
「御母様の、形見……」
それは、私たちが幼い頃に亡くなった母親が、リーシャに遺したあのペンダントだった。王家に古くから受け継がれてきた、特殊な魔導結晶が組み込まれたペンダント。リーシャが肌身離さず身につけている、世界にただ一つの、固有の魔力波形を持つアイテム。
それだけを、頭の中に思い浮かべる。
それだけ。他のことは一切考えてはならない。妹の生死への不安や、トロールへの恐怖、父の心配……そんな雑念をすべて排し、冷徹な機械になったつもりで、あのペンダントの形、質感、独特の冷たい魔力の感触だけを脳裏に描き出す。
「ここには人が多すぎる……魔法の訓練が浅い私では、少しでも意識がブレたら、絞り切る前に気を失ってしまうわ。落ち着いて……深呼吸よ、サーシャ」
スー、ハー、と深く息を吐き出し、世界のすべてをシャットアウトする。手のひらの光球の輝きが、私の精神の集中に合わせて、じわりと青みがかった色へと変化していく。
魔力を練り上げ、脳の奥の感覚を鋭敏に研ぎ澄ます。
探知の波を、蜘蛛の糸のように、天井に吊るされた無数の繭へと向かって、そっと触れさせていく。
──無数の死の気配。冷たい、乾燥した、絶望のノイズが頭の端をかすめ、ツンとした激痛がこめかみを走る。
ウッと声を漏らしそうになるのを必死に堪え、標的をあのペンダント一点に絞り込む。
(どこ……どこにいるの、リーシャ……。お母様、お願い、導いて……!)
暗闇の網の中で、一箇所だけ、ピクリと私の魔力に共鳴する、懐かしい、温かい光の波形が跳ね返ってきた。
──見つけたわ!
「──っ、あ!」
探知の術を解いた瞬間、強烈な立ちくらみが私を襲った。急に立ち上がった時のように、頭がクラクラと激しく揺れる。
視界が急激に白くボヤけ、耳の奥でドクドクと、早鐘のように心臓の鼓動がうるさく鳴り響いた。
「はぁ、はぁ、っ……く……」
思ったよりも、体内の魔力を根こそぎ持っていかれてしまったみたいだ。膝がガクガクと震え、今にもその場に崩れ落ちそうになる。だが、私は倒れそうな身体を、奥歯を噛み締めて足を踏ん張ることでどうにか保った。ここで私が倒れたら、すべてが終わりだ。
私はボヤける視界を何度も瞬きして強引に焦点を合わせ、先ほど感知した方角へと、ふらつく足取りで一歩一歩進んでいった。
光球の光を頼りに進んだ先。天井から、他のものより少し低い位置に吊り下がっている、一つの比較的新しい蔓の繭の前にたどり着いた。
間違いない。あのペンダントの魔力は、この中から放たれている。
「リーシャ……待っててね、今助けるから」
私は左手の短剣を強く握り直し、枯れた蔓の表面にそっと刃を当てた。中身を傷つけないよう、薄皮を一枚ずつ剥ぐようにして、慎重に、しかし迅速に蔓を切り裂いていく。
カサ、カサと乾いた蔓が床に落ち、隙間から、見慣れた金色の美しい髪が見えた。
「リーシャ!」
さらに蔓を切り開くと、そこには目を閉じて静かに横たわる、愛しい妹の顔があった。顔色は少し青白いが、先ほどの化け物のような悍ましい侵食の兆候は見られない。
私は震える指先を、彼女の小さな鼻先に近づけた。
わずかな沈黙の後、私の指先に、かすかだが、確かに温かい息が触れた。
「はぁ~……、良かった……っ」
リーシャは、生きていた。
まだ妖樹に完全に生命力を吸い尽くされる前に、私が見つけることができたのだ。安堵のあまり涙が溢れそうになったが、私はそれを手甲で拭い、作業を再開した。
妹の身体を絶対に傷つけないよう、細心の注意を払いながら、残りの蔓を慎重に切り離していく。すべてを切り終えた後、私はぐったりとした彼女の小さな身体を優しく両腕で抱きかかえ、蔓のない乾いた地面へとそっと寝かせた。
それから、彼女の衣服をめくり、手足を触って、どこか怪我をしていないかを隅々まで調べた。
「どこも怪我していないわね……。ハァ……本当に、良かった……」
緊張の糸が完全に切れ、私はリーシャの傍らにへたり込むようにして座り込んだ。
彼女の穏やかな寝顔を見つめていると、不意に、数年前の、まだ我が国が平和そのものだった頃の、ある記憶が脳裏に去来した。
──数年前。王宮。
『サーシャ様!! 陛下もこちらへ! リーシャ様がいました!』
侍従たちが大慌てで王宮内を探し回る中、私は直感に従って、王宮の奥にある古い衣装ダンスの前に立っていた。そっとその重い扉を開けると──。
そこには、お気に入りのウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、すやすやと眠っている小さなリーシャの姿があったのだ。
『お姉ちゃん……遅いよぅ……』
見つかったリーシャは、眠そうに小さな手で目を擦りながら、むにゃむにゃと言い訳をした。
『もう! 心配したのよ、リーシャ。でも、リーシャが隠れるのが上手すぎるから悪いんだからね』
私は呆れながらも、愛おしさが勝って、妹の柔らかい髪を優しく撫でてあげた。
『じゃあ……私の勝ち?』
『ええ、そうよ。あなたの勝ちね』
『やった!』
あの時の、無邪気な妹の笑顔。
現在の地下空洞に戻る。
私は、目の前で泥と灰に汚れて眠っているリーシャの髪を、あの時と同じように、そっと優しく撫でた。そして、まだ目を覚まさない彼女に向けて、小さく語りかけた。
「あの時も、疲れ果ててタンスの中で寝てたんだっけ……。でも、今回はちゃんと見つけてあげたれたよ。お姉ちゃんも、あの頃に比べたら少しは成長したでしょ?」
王都は滅び、世界は地獄と化してしまった。カロン卿がどうなっているかも、まだはっきりとは分からない。私たちは今、悍ましい化け物の巣の地下に取り残されている。
けれど、リーシャが生きている。その事実だけで、私の胸の奥には、どんな嵐にも消せない強い炎が灯っていた。
私は短剣を握り直し、光球の明かりの元、妹が目を覚ますのを静かに待ちながら、次なる一歩を踏み出す覚悟を固めるのだった。




