第94話:書面
種蒔きから二百二十六日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。
第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。
第三耕地は今日の収穫の頃合いではなかった。三か所に水をかけた。
岩の隙間の霧花草は今日は葉を閉じていた。水場を通りかかった時、水に指先を入れた。今日も温かかった。
(今日は割れ目には入らない。棚を整えておく)
小屋に戻った。
*
乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。弱火を保った。
この四日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が四百七十八本になっていた。一時間ほどで通常品五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百八十三本になった。混合品は三十九本になっていた。
棚を整えた。通常品を左、混合品を右に揃えた。
昼前、外に足音があった。一人分だった。
扉が叩かれた。
「入ってよいか」
前に来た時と同じ声だった。
「どうぞ」
扉が開いた。三十代ほどの男だった。教会の印が胸にあった。手に折りたたんだ紙を持っていた。
(四度目だ)
男が部屋の中を見た。棚を確かめた。それから紙を広げた。
「ハナ王国ダンジョン施設登録に関する確認状だ。登録されていない施設からの商品の販売は、今後制限対象になる可能性がある。あなたの施設の状況を確認したい」
(制限対象)
「確認しました。どのような手続きになりますか」
「書面を出していただく。場所、責任者、施設の内容——使用している品目、販売先を記す形になる。これはその様式だ」
紙を棚の端に置いた。
「期限は三十日だ。対応がなければ、こちらから再度来ることになる」
「わかりました」
「何か聞いておきたいことはあるか」
「今は特にありません。確認してから対応させてもらいます」
男が棚をもう一度見た。それから扉を出た。足音が遠ざかっていった。
*
紙を手に取った。文字がびっしりと並んでいた。「ハナ王国ダンジョン施設登録に関する——」という書き出しから始まる文章だった。場所を記す欄。責任者を記す欄。施設の内容を記す欄。販売先を記す欄。隅に正式な印があった。
(出すな)
直感でそう思った。置いておくことにした。棚の端に立てかけた。
昼すぎ、扉が叩かれた。
「入るぞ」
重い声だった。ゴルドだった。
扉が開いた。ゴルドが入ってきた。棚を一度見た。棚の端に立てかけた紙を見た。
「教会から来たか」
「今朝来ました。書面を求められました」
ゴルドが少し間を置いた。紙に近づいた。文字を一行見た。
「出すな」
「はい」
「連中が書面を求める時は——使い方を知っているからだ。書いた途端に、使われる。施設の内容を書けば、次は中に入る理由になる。販売先を書けば、次はそこへ行く理由になる」
「わかりました」
ゴルドがもう一度棚を見た。それから扉に向かった。
「ミアに言っておく」
「ありがとうございます」
扉が閉まった。
*
(ゴルドが自分で来た)
これまではミアを通してだった。言葉はいつも短くて、用が済めばすぐ帰った。それがわざわざここへ来た。
(それだけのことが起きている、ということだ)
紙を見た。文字は変わらずそこにあった。
(出さない。続ける。それだけだ)
棚を確かめながら、しばらくそのまま時間を過ごした。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「教会が今朝来ました。書面を求められました。ダンジョン施設の登録だと言っていました。場所、責任者、施設の内容、販売先を記す様式です。期限は三十日と言っていました。昼すぎにゴルドさんも来て、書面は出すなと言っていきました」
シルバが炉の前でゆっくりと顔を上げた。
「ゴルドが自分で来たか」
「はい。直接来てくれました」
短い間があった。炉の木がくすぶっていた。
「連中が書面を求めてきたか。——一段、踏み込んできた」
「期限は三十日あります」
「ゴルドが出すなと言った。それが正しい。書面を出せば、次の一手を連中に渡すことになる」
「はい」
シルバが炉を見た。しばらく動かなかった。炎が一度揺れた。
「次に来た時は、一人で対応するな。ミアを近くに置いておけ。ゴルドにも前もって知らせておく」
「わかりました」
「揺れるな。連中が求めるのは反応だ。揺れない者に対して、連中のやり方は一段弱くなる」
「はい」
「三十日ある。急ぐな。その間も、採取と探索は続けろ。次は七十歩目だ」
「わかりました」
炉の火が揺れた。外はもう暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「圧力というものは、揺れる者に向かう。揺れた瞬間に大きくなる。揺れないことがすべてではないが、続けていく中で最も確かな方法だ。続けることが、圧力への答えになる」
(書面は出さない。三十日あっても出さない。続けることが、答えだ)
棚を見た。通常品が四百八十三本。混合品が三十九本。
明日も採りに行く。




