第88話:名前
種蒔きから二百六日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。
第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。第三耕地も今日の収穫の頃合いだった。五本を摘み取った。三か所に水をかけた。
水場を通りかかった時、岩の隙間に霧花草の束があった。三枚が開いていた。刈り取って別の布袋に入れた。水に指先を入れた。今日も温かかった。
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。二十五本のままだった。ケルンは来ていなかった。器の向きも変わっていなかった。
今日は奥の開口部には入らなかった。
(今日は別にやることがある)
割れ目を抜けて大空洞に出た。
*
小屋に戻った。霧花草を刻んで別の鍋に入れた。ミストハーブと一緒に煎じた。乾燥台に今日の十本を並べた。炭に火をつけた。
この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が四百九十四本になっていた。一時間ほどで通常品十本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が五百四本になった。混合品が三十四本になった。
(五百本を超えた)
棚を見た。通常品が整列していた。薄い緑色が並んでいた。混合品は少し深い緑色だった。
記録の紙を取り出した。「霧花草採取。第三耕地batch収穫。刻みは二十五本のまま変化なし。奥の開口部には入らず。通常品五百四本。混合品三十四本」。
机の上にセイロスへの文の準備をした。シルバじいさんから「月末を待たずに連絡を取れ」と指示を受けたわけではまだないが、教会が二度来て名前が出てきた経緯を整理して書き留めておくことにした。「教会の者が二度来訪した。二度目は霧穴の奥のことを聞いてきた。ドゥルガからは街道の集落でタルン村の名前が出ているとの報告があった」。文を折って机の端に置いた。
*
昼前、小屋の外に足音が聞こえた。一人だった。ゆっくりとした足取りだった。
(商人の荷車ではない)
扉が叩かれた。
「入れますか」
低い、おだやかな声だった。前に聞いたことがあった。
(また来た)
「どうぞ」
扉が開いた。三十半ばの男だった。前の二度と同じ、落ち着いた衣服だった。胸元に教会の印があった。
「先日もお邪魔しました。またお邪魔してしまいましたが、よろしいですか」
「いらっしゃいませ」
男が棚を一度見た。薄い緑色の列を確かめるような目だった。それから部屋の中を静かに見回した。
「随分とよく揃えておられますね」
「おかげさまで」
男がこちらを向いた。前と同じ落ち着いた目だった。
「少し聞かせていただいてもいいですか」
「はい」
「こちらは、以前からお一人でやっておられたのですか」
「祖父の後を引き継ぎました。数ヶ月前から」
「なるほど。ガルドという方をご存じですか。このあたりで薬草を扱っておられた方で——」
(祖父の名前を出してきた)
少し間を置いた。
「祖父の名前です」
男の目がわずかに変わった。
「そうでしたか。亡くなられたと伺いました。それで今はあなたが」
「はい。遺してくれたものを続けています」
「ガルドさんは——霧穴のことをよくご存じの方だったのですか」
(霧穴と祖父をつなごうとしている)
「祖父がここをどう使っていたかは、詳しくは聞いていません。権利を引き継ぎましたので、自分で薬草を採って続けています」
「なるほど。ガルドさんは霧穴の奥まで入っておられたのでしょうか」
「さあ。聞いたことがありません」
男が小さく頷いた。何かを考えるような間があった。
「一本いただけますか」
「もちろんです。銀貨二枚です」
男が銀貨を置いた。ポーションを受け取った。それから一礼した。
「ありがとうございます。またいつかお邪魔するかもしれません」
「いつでもどうぞ」
扉が閉まった。足音が遠ざかった。
*
しばらく動かなかった。棚を見た。通常品が五百三本になっていた。
(三度目が来た。今度は祖父の名前を出してきた。霧穴の奥のことも聞いてきた。一段踏み込んできた)
息をゆっくり吐いた。
(揺れなかった。変えなかった)
記録の紙を取り出した。「教会の者が三度目の来訪。「ガルドという方をご存じですか」と質問。「祖父の名前です」と答えた。「霧穴の奥まで入っていたか」とも聞いてきた。知らないと答えた。揺れなかった。ポーション一本購入(銀貨二枚)。通常品五百三本」。
*
昼すぎ、ミアが来た。扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「五百三か」
「三度目が来た。今度はガルドじいさんの名前を出してきた」
ミアが少し眉を動かした。
「名前を出したか」
「そうだ。「ガルドという方をご存じですか」と聞いてきた。祖父の名前だと答えた。霧穴の奥まで入っていたかとも聞いてきた。知らないと答えた」
「揺れたか」
「揺れなかった」
ミアが少し間を置いた。
「師匠に話す。ゴルドにも」
「頼む」
扉が閉まった。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「三度目が来ました。ガルドの名前を出してきました。祖父の名前だと答えました。霧穴の奥まで入っていたかとも聞いてきました。知らないと答えました。変えませんでした」
シルバが炉の前で静かに頷いた。そのままゆっくりと炉から体を離して、こちらを向いた。
「ガルドの名前を出したか」
「はい」
「……そこまで来たか」
少し間があった。シルバが炉を見た。火が静かにくすぶっていた。
「名前が出た時点で、連中は場所と人をつないだということだ。タルン村の名前、霧穴の薬草、そしてガルドの名前——それがつながると、次に来た時の聞き方がまた変わってくる」
「はい」
「教会はガルドのことを調べている。何を調べているかまではまだわからない。だが名前を直接出した——それは、情報を集める段階から次へ進もうとしているということだ」
「何かすることはありますか」
シルバが少し間を置いた。
「セイロスに連絡を取れ。月末を待たずに、文を送れ。教会がガルドの名前を出したことを伝えろ。セイロス自身のことを聞かれるかもしれないと、備えてもらえ」
(月末を待たずに)
「わかりました。文は今夜書きます」
「揺れなかったのはよかった。続けろ。来るたびに一段踏み込んでくるが——お前がここで続けていること、それ自体が答えになっている。連中が知りたいことに、お前は答えなくていい。答えなかったことが、守ることになる」
「はい」
「ガルドが選んだことは、ここにある。お前が続けていることが、それを守っている。それだけのことだ」
炉の火が揺れた。外はもう暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「名前は、その人の全てを表さない。しかし名前を呼ぶことで、その者の過去に踏み込もうとする者がいる。呼ばれた側は、答える必要がないことを答えなくていい。答えなかったことが、守ることになる」
(祖父の名前が出た。祖父の名前だと答えた。それだけだ。知らないことは知らないと答えた。知っていることは全部話さなかった。それでよかった)
机の上の文を取り上げた。書き加えた。「教会の者が三度来訪した。今回はガルドじいさんの名前が出た。シルバじいさんの指示により月末を待たずご連絡しています。次のお会いした際もしくはご都合のつく時に、一度文を送っていただけると幸いです」。
文を折った。明日、タルン村から届けを頼む。
棚を見た。通常品が五百三本。混合品が三十四本。
明日も採りに行く。




