第87話:置いていったもの
種蒔きから二百三日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。
第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。この三日の間に、第三耕地の収穫(五本)も棚に加えてあった。今日の第三耕地は水やりだけにした。
水場を通りかかった時、水に指先を入れた。今日も温かかった。
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。
二十五本目があった。
(また来た。ケルンが来た)
二十五本目だけが新しかった。表面が少し荒かった。器の向きは変わっていなかった。
奥の開口部には今日は入らなかった。部屋の中に腰を落ち着けた。
(来るかもしれない。待ってみる)
松明の炎が揺れた。壁の苔の青白い光と交じり合った。
しばらくして、奥の開口部から足音が来た。一定の歩幅だった。急いでいなかった。
「ケルンさん」
「……俺だ」
低い声だった。
「刻みが二十五本になっていました」
「そうか」
「前回、五十五歩目まで進みました。溝が十本ありました」
短い間があった。
「十本」
「はい。シルバじいさんが「溝はガルドが刻んだ」と言っていました。五十五歩まで来ていた、ということになります」
また間があった。炎の影が壁を動いた。
「……あいつは」
「はい」
「何も言わなかった。ここで何歩進んだかを、俺に話したことはなかった。ただ——来た時の様子でわかることがあった」
「どんな様子でしたか」
ケルンが少し間を置いた。
「来るたびに、少しだけ軽くなっていた。重いものを一つずつ、ここに置いていったみたいな気がした。帰る時の顔が、来た時より少し違った」
(重いものを置いていった)
「祖父は、何を置いていったのでしょうか」
「知らない。聞かなかった。聞く性質の話ではないと思った」
「はい」
「ただ——軽くなっていった。それだけはわかった」
少し間があった。松明の炎が静かに揺れた。
「また来ますか」
「また来る」
足音が奥の開口部の方へ遠ざかっていった。
*
割れ目を抜けて大空洞に出た。
(重いものを置いていった。来るたびに、少しずつ。それが——祖父がここへ来た理由の一つだったのかもしれない)
水場の前で少し立ち止まった。水面が松明の炎を映して揺れた。
(ガルドじいさんは、何を置いていったのだろう。わからない。でも続いているものが、ここにある)
*
小屋に戻った。乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。
この三日の話間に積み上がっていた分を確かめた。第三耕地の収穫分五本を含む形で、乾燥台分を加える前の通常品が四百七十四本になっていた。今日の五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百七十九本になった。混合品は三十三本のままだった。
記録の紙を取り出した。「刻みが二十五本に増加。ケルンが来訪。五十五歩目の溝のことを話した。ケルンが「ガルドは来るたびに少しずつ軽くなっていた気がした。重いものを置いていったみたいだった」と証言。通常品四百七十九本。混合品三十三本」。
*
昼すぎ、ミアが来た。扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「四百七十九か」
「刻みが二十五本になっていた。ケルンが来た。五十五歩目の溝のことを話した」
「ケルンは何と言った」
「ガルドじいさんが来るたびに、少しずつ軽くなっていく気がしたと言っていた。重いものをここに置いていったみたいだと」
ミアが少し間を置いた。
「重いものを」
「そうだ」
ミアが棚を見た。
「……師匠に話す。ゴルドにも」
「頼む」
「——ゴルドが少し話していた。ガルドじいさんは口数の少ない男だったが、何か一つことを決めた時の顔は変わらなかったと。迷わなかったと」
「ゴルドが」
「師匠が珍しく口にした。聞いたことがなかった話だった」
ミアが扉を向いた。
「揺れない者の周りには、揺れない者が集まるのかもしれない」
扉が閉まった。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「刻みが二十五本になっていました。ケルンが来ました。五十五歩目の溝について話しました。ケルンが「ガルドが来るたびに少しずつ軽くなっていた気がした。重いものを置いていったみたいだった」と言っていました」
シルバが炉の前で静かに頷いた。そのままゆっくりと炉を見た。
「そうか」
しばらく黙っていた。
「ガルドはここに来るたびに、何かを手放していたのかもしれないな」
「ケルンもそう感じていたようです」
「ケルンはよくわかっている。あいつは——ガルドをよく見ていた」
少し間があった。炉の木が静かにくすぶっていた。
「重いものを持っていた。ガルドが。俺たちも知っていた。けれど——聞かなかった。聞く必要がなかったし、聞いても話さない男だった。ただ、一緒にいた。それで十分だった」
「はい」
「お前もここに来るたびに、何かを積んでいる。置いていくのか積んでいくのかは、その者によって違う。ガルドは置いていった。お前は——どちらだろうな」
(どちらだろう。積んでいる気がする。でも何かを手放してもいるかもしれない)
答えを出さなかった。シルバも待たなかった。
「次は六十歩目だ。松明を三本持て」
「はい」
炉の火が揺れた。外はもう暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「重いものを運んでいる者は、少しずつ手放しながら歩いている。置いた分だけ、遠くへ行ける。置けない者は、途中で足が止まる。それは弱さではなく、置く場所がまだないだけのことかもしれない」
(ここが祖父にとって、置く場所だったのかもしれない。俺には、まだわからない。でも来るたびに何かが変わっている気がする。積もっているのか、軽くなっているのか——どちらでも、足は動かせる)
棚を見た。通常品が四百七十九本。混合品が三十三本。
明日も採りに行く。




