第86話:五十五歩目
種蒔きから二百日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は今日も変わらなかった。茎の弾力を一本ずつ確かめてから布袋に入れた。
第一耕地に進んだ。五株が育っていた。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから、一本ずつ丁寧に摘み取った。第三耕地は今日の収穫の頃合いではなかった。三か所に水をかけた。
水場を通りかかった時、少し足を止めた。水面を見た。松明の炎が映って揺れた。水に指先を入れた。今日も温かかった。
(ケルンが歩いている道の、もっと下から来ている水だ)
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。二十四本のままだった。ケルンは来ていなかった。器の向きも変わっていなかった。
(今日は進む)
松明を確かめた。三本ある。一本に火をつけた。もう一本は腰の布に差した。残り一本は袋の中に入れておいた。
奥の開口部に一歩入った。床が傾き始めた。
一歩、二歩。右にわずかに向きを変えた。五歩目で足元が湿った。土の匂いが鼻の奥に来た。八歩目あたりで天井が低くなり始めた。
十歩目の右壁に溝が一本。松明を近づけてなぞった。深く、古い。表面は滑らかだった。
十五歩目で二本。二十歩目で三本。二十五歩目で四本。三十歩目で五本。三十五歩目で六本。四十歩目で七本。
土の匂いがさらに重くなった。足元の湿り気も増した。天井が少しずつ低くなっていた。
四十五歩目で八本。五十歩目で九本。
(ここまでは前回と同じだ。先へ進む)
五十一歩目、五十二歩目。天井が頭に近くなった。五十三歩目で少し身を低くした。五十四歩目——
五十五歩目に踏み込んだ。
右の壁に松明を近づけた。
溝が十本あった。
一本ずつ指でなぞった。十本とも同じ古さだった。丁寧に刻まれていた。最後の一本は、他の九本より少しだけ深かった。力が入っていた。
(十本。祖父は五十五歩まで来た。この場所に立っていた)
そのまましばらく動かなかった。松明の炎が揺れた。影が壁を動いた。
五十六歩目は先が見えなかった。天井はさらに低くなっていた。今日はここまでにした。引き返した。
*
部屋に戻った。刻みをもう一度確かめた。二十四本のままだった。棚のそばに背をつけて腰を落ち着けた。しばらく待った。
足音は来なかった。
炎が揺れた。器の向きは変わっていなかった。
(ケルンは今日は来なかった。来る時は来る。来ない時は来ない)
十分ほど待ってから立ち上がった。割れ目を抜けて大空洞に出た。
*
小屋に戻った。乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。弱火を保った。
この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が四百四十九本になっていた。一時間ほどで五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百五十四本になった。混合品は三十三本のままだった。
棚を見た。薄い緑色が並んでいた。
記録の紙を取り出した。「降下通路五十五歩目を踏んだ。右壁の溝が十本。五十六歩目には進まず引き返した。刻みは二十四本のまま変化なし。ケルンは来なかった。通常品四百五十四本。混合品三十三本」。
*
昼すぎ、ミアが来た。扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「四百五十四か」
「今日、五十五歩目まで進んだ。溝が十本あった」
ミアが少し眉を動かした。
「十本」
「そうだ。シルバじいさんが「四十歩目に七本あるはずだ」と言った時と同じ結果だった。五歩ごとに一本ずつ増えている。五十五歩目で十本になる。合っている」
ミアが少し間を置いた。
「ガルドじいさんが五十五歩まで来ていた、ということか」
「そうなると思う」
「……そうか」
ミアが棚を一度見てから、こちらを向いた。
「師匠に話す。ゴルドにも」
「頼む」
扉が閉まった。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「降下通路の五十五歩目まで進みました。溝が十本ありました。松明を三本持ちました。うち一本使いました。五十六歩目には進みませんでした」
シルバが炉の前でゆっくりと頷いた。
「十本か」
短い間があった。炉の火が静かにくすぶっていた。シルバが炉を見たまま言った。
「ガルドが五十五歩まで来ていた、ということだ」
「そうなりますか」
「そうだ。溝の数はガルドが歩いた場所を示している。十本——ガルドはここまで来ていた。お前もたどり着いた」
(お前もたどり着いた)
少し間があった。
「ガルドはどのくらいの期間、ここを歩いたのでしょうか」
シルバが少し間を置いた。
「長い時間だ。俺が知っているだけでも、何年もだ。一度に全部進もうとしなかった。一歩ずつだった」
「一歩ずつ」
「そうだ。その先にどこへ続くかを感じながら、急がなかった。それがガルドのやり方だった」
(一歩ずつ。急がなかった。俺も同じようにやっている)
「次は六十歩目だ。松明は三本持て。今日より先は天井が低いかもしれない。気をつけて進め」
「わかりました」
「急ぐな。六十歩目の先の様子だけを確かめて戻ってくればいい。それだけでいい」
「はい」
炉の火が揺れた。外はもう暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「ある道は一度歩かれたことがある。その先を歩くのは、次に来た者だ。前を歩いた者の跡が残っているうちは、一人で歩いているわけではない」
(祖父が五十五歩まで歩いた。溝を一本ずつ残しながら歩いた。その道を、俺も今日歩いた。一人ではなかった)
棚を見た。通常品が四百五十四本。混合品が三十三本。
明日も採りに行く。




