第82話:場所の匂い
種蒔きから百八十八日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。茎の弾力が今日もあった。布袋に入れた。第一耕地で二本。第三耕地は今日の頃合いではなかった。話間に五本を収穫していた分が棚に加わっていた。三か所に水をかけた。
水場を通りかかった時、岩の隙間に霧花草の束があった。四枚が開いていた。刈り取って別の布袋に入れた。水に指先を入れた。今日も温かかった。
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。
一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本。十一本、十二本、十三本、十四本、十五本、十六本、十七本、十八本、十九本、二十本、二十一本——二十二本目があった。
(ケルンが来た)
二十二本目だけが新しかった。表面が荒かった。器の向きは変わっていなかった。
今日は奥の開口部に入ることにした。松明を二本持ってきていた。一本に火をつけた。
一歩入った。床が傾き始めた。二歩、三歩、四歩。右にわずかに曲がった。五歩目で足元が湿った。八歩目あたりで天井が低くなった。土の匂いが重くなった。
十歩目の右壁に溝が一本。十五歩目で二本。二十歩目で三本。二十五歩目で四本。三十歩目で五本。三十五歩目で六本。四十歩目で七本。
四十一歩目、四十二歩目。通路の傾きが少し急になった気がした。四十三歩目、四十四歩目——
四十五歩目の右壁を確かめた。
溝が八本あった。
指でなぞった。八本とも同じ古さだった。祖父が刻んだものだった。全部、祖父が一本ずつ刻んでいった。
(祖父は、ここまで来た。この場所に立った)
しばらくそこに立ったままでいた。松明の炎が壁を照らした。土の匂いが重かった。でも、不思議と怖くはなかった。
四十六歩目は踏まなかった。引き返した。
*
部屋に戻った。刻みをもう一度確かめた。二十二本のままだった。棚のそばに背をつけた。しばらく待った。
しばらくして、奥の開口部から足音が来た。一定の歩幅だった。急いでいなかった。
「ケルンさん」
「俺だ」
低い声だった。
「また来ましたか」
「ああ」
少し間があった。
「一つ話してもいいですか」
「何だ」
「降下通路の溝のことを聞きました。あの溝は祖父が刻んでいったのだと」
ケルンが少し間を置いた。
「そうだ」
「知っていたのですか」
「ガルドが言っていた。歩いた回数を壁に刻んでいると。それで分かった」
(祖父がケルンに話していた)
「祖父と、どんな話をしていたのですか」
「いつも短い話だった。薬の話が多かった。どの草がどこに生えているか。何に効くか。そういう話だ」
「祖父は薬草の話をよくしていたのですか」
「よく話していた。詳しかった。この場所の草のことを、一番よく知っていた」
(祖父が、薬草のことをケルンに話していた。この場所のことを話していた)
「今日、四十五歩目まで進みました。溝が八本ありました」
ケルンがしばらく何も言わなかった。
「そうか。続けろ」
「ケルンさんは、先へ進みましたか」
「また少し進んだ」
「道はどうでしたか」
ケルンが少し間を置いた。
「前と違ってきた」
「どんなふうに」
「匂いだ。ガルドが一度だけ話してくれた場所の匂いがしてきた気がした」
(場所の匂い)
「どんな匂いですか」
「古い土の匂いだ。山の上の土とは違う。もっと深いところの匂いだ。湿っていて、重い。ガルドが「あそこはそういう匂いがする」と言っていた」
「目的の場所に近づいているのですか」
「わからない。でも——これまでとは違う何かが、先にある気がする」
少し間があった。
「また来ますか」
「また来る」
足音が奥の開口部の方へ遠ざかっていった。
*
割れ目を抜けて大空洞に出た。
(ケルンが近づいている。祖父が話していた場所の匂いがしてきた。あの降下通路の先に、祖父が知っていた場所がある)
水場の前で少し立ち止まった。水に指先を入れた。温かかった。
(この水も、その場所のどこかから来ている。下から来ている。ケルンが進んでいる先の、もっと深いところから)
*
小屋に戻った。霧花草を刻んで別鍋に入れた。ミストハーブと一緒に煎じた。乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。
この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。話間の第三耕地の収穫分五本も棚に加わっていた。乾燥台分を加える前の通常品が三百八十五本になっていた。一時間ほどで通常品五本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が三百九十本になった。混合品が三十二本になった。
記録の紙を開いた。「刻みが二十二本に増加。ケルン来訪。降下通路四十五歩目を踏んだ。右壁の溝八本。ケルンが「場所の匂いがしてきた」と発言。通常品三百九十本。混合品三十二本」。
*
夕方、ミアが来た。扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「三百九十本か。混合も増えた」
「今日霧花草が採れた。ケルンが来た。刻みが二十二本になっていた。四十五歩目まで進んだ。溝が八本あった」
「話ができたか」
「できた。祖父が薬草の話をよくしていたと言っていた。それと——ガルドが言っていた場所の匂いがしてきたと」
ミアが少し黙っていた。
「近いのか」
「わからない。でも、これまでとは違う何かが先にある、と言っていた」
「師匠に話しておく」
「頼む」
扉が閉まった。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「刻みが二十二本になっていました。ケルンが来ました。降下通路の四十五歩目まで進みました。溝が八本ありました。ケルンが「ガルドが言っていた場所の匂いがしてきた気がする」と言っていました。古い土の匂いで、山の上とは違うと」
シルバが炉の前で顔を上げた。
「匂いがしてきたか」
「そう言っていました。ガルドが「あそこはそういう匂いがする」と言っていたとも」
シルバがしばらく何も言わなかった。炉の火が揺れた。それから、ゆっくりと頷いた。
「そうか」
短い言葉だった。でも何か含みがあった。
「シルバじいさんは、その場所を知っているのですか」
「ガルドから聞いている。それだけだ。今はそれだけでいい」
「はい」
「ケルンは続けると言ったか」
「また来ると言っていました」
「そうか。お前も続けろ。降下通路を進む時は、松明を余分に持て」
「わかりました」
炉の火が静かに揺れた。外は暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「道の先が見えない時、人は足を止めたくなる。だが足を止める必要はない。次の一歩の場所は、今いる場所から見える範囲にある。見えない先を探す前に、今の一歩を踏め。それだけでいい」
(祖父がこの道を歩いた。ケルンが近づいている。俺も続けている。それぞれが、それぞれの一歩を踏んでいる。急がなくていい。でも止まらない)
棚を見た。通常品が三百九十本。混合品が三十二本。
明日も採りに行く。




