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第79話:来た者

 種蒔きから百七十九日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日が収穫の頃ではなかった。三か所に水をかけた。割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。苔の青白い光が左右から続いた。十八歩進んで向こう側に出た。


 刻みを確かめた。二十一本のままだった。ケルンは来ていなかった。器の向きも変わっていなかった。


 今日は奥の開口部には入らなかった。月末まであと九日だった。棚の準備の確認が先だと思った。


(二十一本のまま。次にケルンが来る時に何を聞くか、少し考えておく)


 割れ目を抜けて大空洞に出た。



 小屋に戻った。乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が四百六十六本になっていた。一時間ほどで五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百七十一本になった。


 棚を整えた。左に通常品を並べた。右に混合品を置いた。


 記録の紙を開いた。今日の分を書いた。「刻みは二十一本のまま変化なし。通常品四百七十一本。混合品三十一本」。



 昼すぎ、小屋の外で足音がした。


 一人だった。軽くない。大人の足音だった。


 扉が叩かれた。


「入ってもいいか」


「どうぞ」


 扉が開いた。


 三十半ばと思われる男だった。地味な旅の服に、胸元に聖ヴォルン教会の印のついた布を縫いつけていた。目が細く、よく見ていた。


「こちらでポーションを扱っていると聞いた」


「はい。ポーションの小屋です」


 男が棚を見た。左側の通常品を一本手に取り、光にかざした。薄い緑色が揺れた。匂いをかすかに確かめた。それから戻した。


「どこで材料を採るのか」


「近くの山です。霧穴のそばで採れる薬草を使っています」


「霧穴を知っているか」


「はい。ガルドという方が遺した権利証を相続しました。今は私が管理しています」


 男が少し間を置いた。


「中で何かを見つけたか」


「薬草が採れます。それだけです」


(ポーションの小屋があるとだけ言え。ダンジョンのことは話さない)


「薬草だけか」


「はい。今はそれだけです」


 男が棚をもう一度見た。


「いくらか」


「銀貨二枚です」


 男が右手を腰の袋へ伸ばした。銀貨が二枚、棚の上に置かれた。ポーションが一本、男の手に収まった。


「ご丁寧にありがとうございます」


 男が頷いた。それ以上は何も言わなかった。扉の方へ向かった。


「この山には、以前から人が来ていたのか」


「祖父の代には来る方もいたと聞いています。今は行商人が立ち寄ってくれることがあります」


「そうか」


 扉が閉まった。


 足音が遠ざかった。山道を下っていった。



 しばらくの間、棚の前に立っていた。


 ゆっくりと息を吐いた。


(来た。来ることは分かっていた。決まった通りにできた。男が何を知っていてここへ来たかは分からない。でも、今日はこれだけだった)


 棚の銀貨を二枚、布袋に入れた。通常品の在庫を確かめた。四百七十本になっていた。


 記録の紙を開いた。「教会の印を持つ男が一人来訪。ポーション一本を銀貨二枚で販売。入口から小屋まで。質問は材料の採取場所・霧穴の管理について・中で何か見つけたか。答えは薬草だけと答えた。決まった通りに対応できた」と書いた。



 夕方、ミアが来た。


 扉を叩いてから入ってきた。


「四百七十本か」


「そうだ。今日、来た」


 ミアが動きを止めた。


「教会の者か」


「そうだ。一人だった。ポーションを一本買って帰った」


「どんなことを聞かれた」


「材料はどこで採るかと。霧穴の中で何かを見つけたかと」


「何と答えたか」


「薬草が採れます、それだけです、と答えた」


 ミアが少し頷いた。


「よかった。それだけか」


「それだけだった」


「師匠に話す」


「頼む」


 扉が閉まった。



 夕方、シルバの小屋へ向かった。


「今日、教会の者が来ました。一人でした。ポーションを一本購入して帰りました。霧穴の中で何かを見つけたかと聞かれました。薬草だけだと答えました」


 シルバが炉の前で頷いた。


「それでいい」


「決まった通りにできました」


「ゴルドの言葉通りに動けたか」


「はい」


 少し間があった。


「次に来た時も同じにしろ。一度来た者は、二度目も来る。一度目と同じ答えを出し続けることだ。変えるな」


「はい」


「今日は落ち着いていたか」


「はい。思っていたよりも落ち着いていました」


「そうか」


 シルバが炉の方を向いた。


「それがお前の力だ。ガルドも同じだった。揺れなかった」


(祖父も揺れなかった)


「はい」


「刻みは変わらなかったか」


「二十一本のままでした」


「続けろ」


「わかりました」



 夜、経営の書を開いた。


「来た者には正直に答えろ。ただし、答えなくていいことは答えなくていい。聞かれたことに答えることと、知っていることを全て話すことは違う。相手が必要としている答えと、こちらが話すべき答えは、いつも同じではない」


(来た。決まった通りにできた。男は帰った。何を知っていてここへ来たかはまだわからない。でも今日はこれだけだった。次に来た時も同じにする。変えない。揺れない)


 棚を見た。通常品が四百七十本。混合品が三十一本。


 明日も採りに行く。

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