第79話:来た者
種蒔きから百七十九日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日が収穫の頃ではなかった。三か所に水をかけた。割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が左右から続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。二十一本のままだった。ケルンは来ていなかった。器の向きも変わっていなかった。
今日は奥の開口部には入らなかった。月末まであと九日だった。棚の準備の確認が先だと思った。
(二十一本のまま。次にケルンが来る時に何を聞くか、少し考えておく)
割れ目を抜けて大空洞に出た。
*
小屋に戻った。乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が四百六十六本になっていた。一時間ほどで五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百七十一本になった。
棚を整えた。左に通常品を並べた。右に混合品を置いた。
記録の紙を開いた。今日の分を書いた。「刻みは二十一本のまま変化なし。通常品四百七十一本。混合品三十一本」。
*
昼すぎ、小屋の外で足音がした。
一人だった。軽くない。大人の足音だった。
扉が叩かれた。
「入ってもいいか」
「どうぞ」
扉が開いた。
三十半ばと思われる男だった。地味な旅の服に、胸元に聖ヴォルン教会の印のついた布を縫いつけていた。目が細く、よく見ていた。
「こちらでポーションを扱っていると聞いた」
「はい。ポーションの小屋です」
男が棚を見た。左側の通常品を一本手に取り、光にかざした。薄い緑色が揺れた。匂いをかすかに確かめた。それから戻した。
「どこで材料を採るのか」
「近くの山です。霧穴のそばで採れる薬草を使っています」
「霧穴を知っているか」
「はい。ガルドという方が遺した権利証を相続しました。今は私が管理しています」
男が少し間を置いた。
「中で何かを見つけたか」
「薬草が採れます。それだけです」
(ポーションの小屋があるとだけ言え。ダンジョンのことは話さない)
「薬草だけか」
「はい。今はそれだけです」
男が棚をもう一度見た。
「いくらか」
「銀貨二枚です」
男が右手を腰の袋へ伸ばした。銀貨が二枚、棚の上に置かれた。ポーションが一本、男の手に収まった。
「ご丁寧にありがとうございます」
男が頷いた。それ以上は何も言わなかった。扉の方へ向かった。
「この山には、以前から人が来ていたのか」
「祖父の代には来る方もいたと聞いています。今は行商人が立ち寄ってくれることがあります」
「そうか」
扉が閉まった。
足音が遠ざかった。山道を下っていった。
*
しばらくの間、棚の前に立っていた。
ゆっくりと息を吐いた。
(来た。来ることは分かっていた。決まった通りにできた。男が何を知っていてここへ来たかは分からない。でも、今日はこれだけだった)
棚の銀貨を二枚、布袋に入れた。通常品の在庫を確かめた。四百七十本になっていた。
記録の紙を開いた。「教会の印を持つ男が一人来訪。ポーション一本を銀貨二枚で販売。入口から小屋まで。質問は材料の採取場所・霧穴の管理について・中で何か見つけたか。答えは薬草だけと答えた。決まった通りに対応できた」と書いた。
*
夕方、ミアが来た。
扉を叩いてから入ってきた。
「四百七十本か」
「そうだ。今日、来た」
ミアが動きを止めた。
「教会の者か」
「そうだ。一人だった。ポーションを一本買って帰った」
「どんなことを聞かれた」
「材料はどこで採るかと。霧穴の中で何かを見つけたかと」
「何と答えたか」
「薬草が採れます、それだけです、と答えた」
ミアが少し頷いた。
「よかった。それだけか」
「それだけだった」
「師匠に話す」
「頼む」
扉が閉まった。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「今日、教会の者が来ました。一人でした。ポーションを一本購入して帰りました。霧穴の中で何かを見つけたかと聞かれました。薬草だけだと答えました」
シルバが炉の前で頷いた。
「それでいい」
「決まった通りにできました」
「ゴルドの言葉通りに動けたか」
「はい」
少し間があった。
「次に来た時も同じにしろ。一度来た者は、二度目も来る。一度目と同じ答えを出し続けることだ。変えるな」
「はい」
「今日は落ち着いていたか」
「はい。思っていたよりも落ち着いていました」
「そうか」
シルバが炉の方を向いた。
「それがお前の力だ。ガルドも同じだった。揺れなかった」
(祖父も揺れなかった)
「はい」
「刻みは変わらなかったか」
「二十一本のままでした」
「続けろ」
「わかりました」
*
夜、経営の書を開いた。
「来た者には正直に答えろ。ただし、答えなくていいことは答えなくていい。聞かれたことに答えることと、知っていることを全て話すことは違う。相手が必要としている答えと、こちらが話すべき答えは、いつも同じではない」
(来た。決まった通りにできた。男は帰った。何を知っていてここへ来たかはまだわからない。でも今日はこれだけだった。次に来た時も同じにする。変えない。揺れない)
棚を見た。通常品が四百七十本。混合品が三十一本。
明日も採りに行く。




