第78話:道が変わってきている
種蒔きから百七十六日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日が五本の収穫の頃合いだった。一株ずつ指で押して弾力を確かめてから、五本を摘み取った。合わせて十本を布袋に入れた。水場の近くを通った時、岩の隙間に霧花草の束を見つけた。四枚ほど開いていた。丁寧に刈り取って別の布袋に入れた。
*
小屋に戻った。通常品用の乾燥台に十本を並べた。霧花草を刻んで別鍋に入れた。炭に火をつけた。この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が四百四十一本になっていた。一時間ほどで通常品十本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百五十一本になった。混合品が三十一本になった。
記録の紙を開いた。今日の分を書いた。「通常品四百五十一本。混合品三十一本。霧花草採取あり」。
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昼前、割れ目へ向かった。
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が左右から続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。
一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本。十一本、十二本、十三本、十四本、十五本、十六本、十七本、十八本、十九本、二十本——二十一本目があった。
(ケルンが来た)
二十一本目だけが新しかった。表面が荒かった。器の向きは変わっていなかった。
今日は部屋の中で待つことにした。棚のそばに背をつけた。苔の光が壁から静かに広がっていた。
しばらくして、奥の開口部から足音が来た。一定の歩幅だった。急いでいなかった。
「ケルンさん」
「俺だ」
低い声だった。
「また来ましたか」
「ああ」
少し間があった。
「少し聞いてもいいですか」
「何だ」
「先へ進みましたか」
「また少し進んだ」
「道はどうでしたか」
ケルンが少し間を置いた。
「変わってきている」
「どんなふうに変わっているのですか」
「前と違う。進むほど土の匂いが変わる。最初は外の山と同じ匂いだった。今は違う。もっと重い。湿った重い匂いがする」
(土の匂いが変わる)
「その匂いが変わるのは、どのあたりからですか」
「わからない。気がついたら変わっていた。だんだんと変わる。急に変わるのではない」
「祖父が言っていた場所に近づいているかもしれませんか」
ケルンがしばらく何も言わなかった。
「わからない。でも——」
少し間があった。
「ガルドが急かさなかった理由が、少し分かる気がしてきた」
(祖父が急かさなかった理由)
「どういうことですか」
「こういう場所は急げない。急ごうとすると足が止まる。重い。でも引き返しても、また戻ってくる。そういう場所だ。ガルドはそれを知っていたのかもしれない」
(祖父はこの場所のことを知っていた。急かさなかった。ケルンが今それを感じている。この道の先で)
「また来ますか」
「また来る」
足音が奥の開口部の方へ遠ざかった。
*
割れ目を抜けて大空洞に出た。
(ケルンが進んでいる。道が変わってきている。土の匂いが変わる。祖父が急かさなかった理由。この場所は急げない場所だ)
水場の前で少し立ち止まった。水に指先を入れた。温かかった。
(この水もどこかから来ている。下から来ている。ケルンが進んでいる先の、もっと深いところから来ているのかもしれない)
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夕方、ミアが来た。
扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「四百五十一本か。混合品も増えた」
「今日霧花草が採れた。ケルンも来た。刻みが二十一本になっていた」
「話ができたか」
「できた。道が変わってきていると言っていた。進むほど土の匂いが重くなると。祖父が急かさなかった理由が少し分かると言っていた」
ミアが少し黙っていた。
「師匠から報告があった」
「何が」
「今日の昼すぎ、ゴルドがタルン村の商家の前で教会の格好をした男を見たと。一人だったと」
(来た)
「一人か」
「一人だ。誰かに話しかけていたわけではなかった。村の様子を見ていたようだったと」
「対応は決まっている」
「ゴルドから念を押すように言われた。ダンジョンの話はするな。ポーションの小屋があるとだけ言え。それで通せ、と」
「わかっている。そうする」
ミアがこちらを見た。
「落ち着いているな」
「備えはできている」
「そうか。師匠にも伝える」
扉が閉まった。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「刻みが二十一本になっていました。ケルンが来ました。道が変わってきていると言っていました。土の匂いが変わると。祖父が急かさなかった理由が少し分かると言っていました」
「そうか。ケルンが言ったか」
「はい。それと、今日ゴルドがタルン村で教会の格好をした男を見たとミアから聞きました。一人だったと」
シルバが炉の前で顔を上げた。
「そこまで来たか」
「はい。対応はゴルドの指示通りにします。ポーションの小屋があるとだけ言います」
「それでいい」
少し間があった。
「ケルンが急かさなかった理由を言ったか」
「重い場所だから急げないと言っていました。でも引き返しても戻ってくると」
シルバが炉の方を向いた。
「そういう場所だ。ガルドもそう言っていた」
「その場所を知っているのですか」
「ガルドから聞いている。ただ、ケルンの言う通りだ。今はそれだけわかっていればいい」
「はい」
「来た者が来たら、決まった通りにしろ」
「わかりました」
*
夜、経営の書を開いた。
「備えとは、来ない日も同じように続けておくことだ。来た日に初めて備えようとする者は、備えではなく対処をする。対処は間に合わないことがある。備えは間に合っている」
(来た。備えはある。ゴルドが言ってくれた。シルバじいさんも分かっている。ケルンが進んでいる。祖父が知っていた場所の先に何かある。急げない場所だ。でも止まらなくていい)
棚を見た。通常品が四百五十一本。混合品が三十一本。
明日も採りに行く。




