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第77話:英雄のあと

 種蒔きから百七十三日目の朝、大空洞に入った。


 通路を松明で照らしながら進んだ。岩の肌が冷たかった。採取ポイントの前で止まった。根元の青白い発光を確かめてから、三本を丁寧に摘み取った。茎の弾力が今日もあった。布袋に入れた。


 第一耕地に進んだ。五株が育っていた。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから、一本ずつ摘み取った。合わせて五本を布袋に入れた。第三耕地の収穫分は前の日に終えていた。今日は三か所に水をかけた。水場の水は今日も温かかった。


 割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。苔の青白い光が左右から静かに続いた。十八歩進んで向こう側に出た。


 刻みを確かめた。二十本のままだった。ケルンは来ていなかった。器の向きも変わっていなかった。


 今日は奥の開口部の方へ向かうことにした。松明を持ち替えて、降下通路に一歩入った。床が傾いていた。二歩目に進んだ。三歩目、四歩目。右にわずかに曲がった。五歩目で足元が湿った。十歩目の右壁に溝が一本あった。十五歩目で二本。二十歩目で三本。二十五歩目で四本。三十歩目で五本。三十五歩目で六本。


 三十六歩目に進んだ。右壁を確かめた。六本のままだった。三十七歩目は踏まなかった。


(三十六歩目も六本のまま。溝は五歩ごとに増える。次の目印は四十歩目のはずだ)


 引き返した。


 部屋に戻った。刻みをもう一度確かめた。二十本のままだった。


 割れ目を抜けて大空洞に出た。入口から差し込む光が複数の筋になっていた。霧が白く揺れていた。スケイルリザードの姿はなかった。



 小屋に戻った。乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。


 この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。前日の第三耕地の五本の収穫も加わっていた。乾燥台分を除いた通常品が四百二十一本になっていた。一時間ほどで乾燥台の五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が四百二十六本になった。


 記録の紙を開いた。今日の分を書いた。「刻みは二十本のまま変化なし。器の向き変化なし。降下通路三十六歩目を踏んだ。溝は六本のまま変化なし。通常品四百二十六本」。



 昼すぎ、ミアが来た。


 扉を叩いてから入ってきた。棚を端から端まで見た。


「四百二十六本か」


「そうだ」


「刻みは」


「二十本のまま。ケルンは来なかった。降下通路の三十六歩目を確かめた。溝は六本のままだった」


「そうか」


 ミアが丸太の椅子に腰を下ろした。


「師匠のところへ行ってきた。昨日の夕方、ゴルドが師匠に話したことがあったと聞いた」


「何を言っていたか」


 ミアは少し間を置いた。


「師匠が伝えてくれた。ゴルドが言ったのは、『あの時代のことを今さら掘り返すつもりはない。ただ、ガルドが選んだことは俺は否定しない』ということだった」


(ガルドが選んだこと)


「そうか」


「師匠も、それ以上は言わなかった。でも言い方がいつもより静かだったと言っていた」


(英雄と呼ばれた後に、ここに来ることを選んだ。ゴルドはその時代の中にいて、ガルドの選んだことを知っている。否定しないと言った)


 少し間があった。


「夕方、シルバじいさんのところへ行く」


「何を聞くつもりだ」


「教会がここを調べているのが、祖父が英雄だったこととつながっているのかを聞こうと思う」


 ミアが少し黙っていた。それから頷いた。


「聞いていい」


 扉が閉まった。



 夕方、シルバの小屋へ向かった。


「刻みは二十本のままでした。ケルンは来ませんでした。降下通路の三十六歩目を確かめました。溝は六本のままでした」


「そうか」


 少し間を置いてから続けた。


「一つ聞いていいですか」


「言ってみろ」


「教会がここを調べているのは、祖父が英雄と呼ばれていたこととつながっているのですか」


 シルバが炉の方を向いたまま、しばらく何も言わなかった。炉の火が揺れた。木が焦げる匂いがあった。


「つながっている」


「そうですか」


「今は詳しくは言えない。ただ、つながっていることは今から知っていていい」


(つながっている。教会は祖父のことを知っている。霧穴のことも。だから調べている)


「祖父は、英雄として知られることを望まなかったのですか」


 シルバが少し間を置いた。


「望まなかった。だからここに来た。俺も一緒に来た。ガルドがここに来てから、俺たちはガルドのことを誰にも話さないことにした」


「ずっと守ってきたのですか」


「そうだ」


(何十年も。シルバじいさんはここにいて、祖父のことを守ってきた)


 しばらく間があった。シルバが炉から離れて、こちらを向いた。珍しいことだった。


「一つ言っておく」


「はい」


「ガルドがお前に残したのは、この霧穴だけじゃない。俺たちも、ガルドが残したものの一つだ」


(俺たちも、残したものの一つ)


 何も言えなかった。シルバが続けた。


「急ぐな。ガルドが決めた順番がある。その順番に意味がある。俺はその順番を守っている」


「はい」


「降下通路の三十六歩目を踏んだのか」


「はい。溝は六本のままでした」


「四十歩目に七本あるはずだ。次はそこまで進め」


「わかりました」


 炉の火が揺れた。外はもう暗くなっていた。



 夜、経営の書を開いた。


「守ることと、隠すことは違う。守ることには理由がある。理由が先にあって、守るという行動が後に来る。理由を知る前に形だけを見ると、隠していると見えることがある。しかし守っている者には、それが唯一の正しい道だとわかっている」


(シルバじいさんはずっと守ってきた。ゴルドも。ガルドが決めた順番を。なぜその順番が必要なのかはまだわからない。でも教会はその外から来ている。祖父が望まなかった場所から)


 棚を見た。通常品が四百二十六本。混合品が三十本。


 明日も採りに行く。

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