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第74話:祖父が言っていた場所

 種蒔きから百六十四日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日が収穫の頃ではなかった。三か所に水をかけた。


 割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。苔の青白い光が左右から静かに続いた。十八歩進んで向こう側に出た。


 刻みを確かめた。十九本のままだった。ケルンは三日の間には来ていなかった。器の向きも変わっていなかった。


 今日は部屋の中で待つことにした。棚のそばに背をつけた。苔の光が壁から静かに広がっていた。天井は低く、手を伸ばせば届く高さだった。


 十五分ほどが過ぎた。


 奥の開口部の向こうから、足音が来た。


(来た)


 一定の歩幅だった。急いでいなかった。足音が開口部の手前で止まった。


「ケルンさん」


「俺だ」


 低い声だった。


 レインは少し間を置いた。シルバじいさんから言われていた言葉を思い出した。「押すな。話してくれる分だけ聞けばいい」。もう一つ、言われていたことがあった。どこへ向かっているか聞いてみろ、と。


「一つ聞いていいですか」


「何だ」


「どこへ向かっているのですか。この通路の先に、目指している場所があるのかと思って」


 少し間があった。ケルンの間は長かった。答えを考えているのか、言うかどうか迷っているのかは、声しか知らない相手ではわからなかった。


「ある」


「この通路の先ですか」


「そうだ」


「どんな場所ですか」


 また間があった。今度は短かった。


「ガルドが言っていた場所だ」


(祖父が言っていた場所)


「祖父が、その場所のことを言っていたのですか」


「何度か。自分でも行ったと言っていた。遠いが行ける、と」


(祖父が行ったことがある。この通路の先に)


「どんな場所だと言っていましたか」


 ケルンはしばらく何も言わなかった。苔の光だけが静かにあった。


「でかい場所だと言っていた。奥に続く場所だと言っていた。それだけ聞いた」


「ケルンさんはまだたどり着いていないのですか」


「まだだ。毎回少し進んでいる。今日もそのつもりだ」


 足音が動いた。奥の開口部の方へ戻り始めた。


「また来る」


 足音が遠ざかった。



 部屋の刻みをもう一度確かめた。十九本のままだった。


 割れ目を抜けて大空洞に出た。光が複数の筋で差し込んでいた。霧が白く揺れていた。


(ガルドが言っていた場所。行ったことがあると言っていた。この通路の先に、祖父が知っていた場所がある)


 水場の前で少し立ち止まった。岩の窪みに水が溜まっていた。温かかった。指先を水に入れた。放した。


(ここよりもっと下に何かある。この水もそこから来ているのかもしれない。祖父はここを知っていた。ケルンとも話していた。俺は何も知らないまま来た)


 しばらく立っていた。それから歩き始めた。



 小屋に戻った。乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。この三日の間に積み上がっていた分を含めると、乾燥台分を加える前の通常品が三百六十一本になっていた。一時間ほどで五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が三百六十六本になった。


 記録の紙を開いた。「刻みは十九本のまま。ケルンが来た。どこへ向かっているか聞いた。この通路の先に目指す場所があると言った。ガルドが言っていた場所だと。祖父が行ったことがあると。でかい場所で奥に続く場所だと言っていたと。毎回少し進んでいると言った」と書いた。



 夕方、ミアが来た。


 扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。


「三百六十六本か」


「そうだ」


「刻みは」


「十九本のまま。ケルンが来た。話ができた」


 ミアがこちらを見た。


「どこへ向かっているか聞いたか」


「聞いた。この通路の先に目指している場所があると言っていた。祖父が言っていた場所だと」


「ガルドじいさんが言っていた場所」


「そうだ。行ったことがあると言っていたそうだ。でかい場所で、奥に続く場所だと」


 ミアは少し黙っていた。


「師匠に話す」


「頼む。シルバじいさんにも行く」


 ミアは立ち上がった。扉の前で一度止まった。


「ケルンが答えたのか」


「答えてくれた」


「よかった」


 扉が閉まった。



 夕方、シルバの小屋へ向かった。


「今日ケルンが来ました。どこへ向かっているか聞きました」


「何と言っていた」


「この通路の先に目指している場所があると言いました。祖父が言っていた場所だと。祖父が行ったことがあると言っていたそうです。でかい場所で奥に続く場所だと」


 シルバは炉の前に座ったままだった。しばらく何も言わなかった。炉の火が揺れた。


「ケルンがそれを言ったか」


「はい」


 また少し間があった。


「ガルドがその場所のことを話すことはめったになかった」


(シルバじいさんも、その場所を知っている)


「知っていたのですか、その場所のことを」


「少しだけ。直接は行っていない。ガルドから聞いたことがある」


「どんな場所なのですか」


 シルバが炉の方を向いた。


「今はまだ言えない。ケルンが言った通りのことしか俺も知らない。でかい場所だ。ただ——」


 言いかけて、止まった。


「ただ、なんですか」


「いつかわかる。ケルンが進んでいるなら、お前もいつかたどり着く」


 それ以上は続かなかった。


「はい」


「刻みは変わっていなかったか」


「十九本のままでした」


「そうか。引き続け」



 夜、経営の書を開いた。


「道の先にある場所は、歩いた者だけが知っている。聞いた話は形の前の形だ。実際に立った時に初めて形になる。先に立った者の言葉は地図ではない。ただ、その場所があることの証明だ」


(祖父が行ったことがある場所が、この通路の先にある。ケルンが少しずつ進んでいる。俺はまだ三十五歩しか踏んでいない。いつかたどり着く、とシルバじいさんは言った)


 棚を見た。通常品が三百六十六本。混合品が二十九本。


 明日も採りに行く。

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