第72話:薬を知る男
種蒔きから百五十九日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日収穫がなかった。三か所に水をかけた。
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。苔の青白い光が左右から静かに続いた。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本、十一本、十二本、十三本、十四本、十五本、十六本、十七本、十八本——。
十九本目があった。
(また来た)
十八本目の隣に、新しい線が一本あった。表面だけが荒かった。
器の向きを確かめた。変わっていなかった。
今日は部屋の中で待つことにした。棚のそばに背をつけた。苔の光が壁から静かに広がっていた。天井が低く、立ったまま手を伸ばせば届く高さだった。音という音がなかった。自分の呼吸だけが聞こえた。
十分が過ぎた。
音がした。
奥の開口部の向こうから、はっきりとした足音だった。近づいてきていた。
(来た)
足音が開口部の手前で止まった。光の加減がわずかに変わった。
「ケルンさん」
「俺だ」
低い声だった。急いでいなかった。
レインは少し考えてから口を開いた。
「一つ聞いていいですか」
「何だ」
「どこから来ているのですか。この部屋の奥の道を通って来られているのかと思っているのですが」
少し間があった。
「下からだ」
「下から」
「長い道がある。そこから来ている」
(下から。降下通路の先から来ている)
「霧穴の下の方から、ということですか」
「そうだ」
それ以上の説明はなかった。ケルンはそういう話し方だとわかっていた。必要なことだけを言う。それ以外は言わない。
レインは続けた。
「祖父のガルドと、ここでよく会っていましたか」
少し間があった。
「何度か会った」
「ガルドはここでどんな様子でしたか。私は祖父が亡くなってから霧穴を引き継いだので、ここで祖父が何をしていたか知らないのです」
今度の沈黙は長かった。苔の光だけが変わらず続いた。
レインは待った。
「薬を知る男だった」
ケルンが口を開いた。
「草と土の匂いをいつも持っていた。ここに何度も来ていた。静かな男だった。急かない男だった。俺が来ると、待っていた」
(待っていた)
レインは何も言えなかった。
(祖父は待っていた。ケルンのことを知っていて、来るのを待っていた。薬を知る男と呼ばれていた。草と土の匂いを持っていた)
少しして、声が出た。
「そうですか」
「ガルドが来なくなった後も、お前は来ていた」
疑問ではなかった。確認だった。
「はい。引き継いでから毎日来ています」
「そうか」
足音が遠ざかり始めた。奥の開口部の方へ戻っていった。
「また来る」
それだけだった。
*
部屋の刻みをもう一度確かめた。十九本のままだった。
割れ目を抜けて大空洞に出た。水場の前で少し立ち止まった。水を一度掬った。温かかった。放した。
(薬を知る男。草と土の匂いをいつも持っていた。静かで、急かない。来ると待っていた。ケルンは祖父をそう見ていた。私は祖父のことを、ほとんど知らないまま引き継いだ。でも他の人の言葉の中に、祖父がいた)
しばらくそこに立っていた。霧花草が水場のそばで揺れていた。
*
小屋に戻った。乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。待っている間に記録の紙を開いた。「刻みが十九本。ケルンが来た。下から来ていると言った。降下通路の先から来ている。祖父を知っていた。『薬を知る男だった。草と土の匂いをいつも持っていた。静かで急かない。来ると待っていた』と言った。また来ると言った」と書いた。
この三日の間に積み上がっていた分を含めると、乾燥台分を加える前の通常品が三百二十一本になっていた。一時間ほどで五本が仕上がった。棚に加えた。通常品が三百二十六本になった。
*
昼過ぎ、ミアが来た。
扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「三百二十六本か」
「そうだ」
「刻みは」
「十九本だった。ケルンが今日また来た。話ができた」
ミアがこちらを見た。
「どんな話をしたか」
「どこから来ているか聞いた。下からだと言った。長い道があると。それから——祖父のことを話してくれた」
「ガルドじいさんを」
「薬を知る男だったと言っていた。草と土の匂いをいつも持っていた。静かで急かない。来ると待っていた、と」
ミアは少し黙っていた。
「師匠に話す」
「頼む。シルバじいさんにも行く」
「わかった」
ミアは立ち上がった。扉の前で一度止まった。
「よかった」
それだけ言った。扉が閉まった。
(よかった、とミアが言った。短い言葉だった。でも何がよかったか、わかった)
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「刻みが十九本になっていました。今日ケルンと話しました」
「話せたか」
「はい。どこから来ているか聞きました。下からだと言っていました。長い道があると」
「降下通路の先から来ている、ということだな」
「そう思います。それから——祖父のことを話してくれました」
シルバが顔を上げた。
「ガルドのことを」
「薬を知る男だったと言っていました。草と土の匂いをいつも持っていた。静かで急かない。来ると待っていた、と」
シルバは炉の方を向いた。しばらく黙っていた。
「薬を知る男か」
ゆっくりした言い方だった。間があってから続いた。
「……そうだな。そういう男だった」
(シルバじいさんが自分の言葉として言った。そういう男だった、と)
「ケルンはよくわかっている」
「ご存知でしたか、ケルンのことを」
「少し知っている」
それ以上は続かなかった。シルバが炉の前に視線を戻した。
「次に来た時、どこへ向かっているか聞けるか」
「行き先、ですか」
「下からだとわかった。どこを目指しているのか、だ」
「聞いてみます」
「押すな。話してくれる分だけ聞けばいい」
「はい」
*
夜、経営の書を開いた。
「遠い場所から来た者は、その場所の記憶を持っている。その記憶は、長い道の先にあったものだ。聞いた言葉はすぐには形にならない。しばらくして、ゆっくりと形になる」
(ケルンが祖父のことを話してくれた。薬を知る男。草と土の匂い。静かで急かない。来ると待っていた。私は祖父のことを、ほとんど話で知っていなかった。でも今日、少し増えた)
棚を見た。通常品が三百二十六本。混合品が二十八本。
明日も採りに行く。




