表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/109

第67話:声

 種蒔きから百四十三日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日収穫がなかった。三か所に水をかけた。


 割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。十八歩進んで向こう側に出た。


 刻みを確かめた。指先でなぞった。一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本、十一本、十二本、十三本、十四本、十五本——。


 十六本目があった。


(また三日で来た)


 十五本目の隣に、新しい線が一本あった。表面だけが荒かった。


(三日続いた。今日はまだここにいる可能性がある)


 器の向きを確かめた。変わっていなかった。草の残骸もそのままだった。


 部屋の中に立った。今日は長くいることにした。


 苔の光が壁から静かに広がっていた。天井が低く、立って手を伸ばせば届く高さだった。音は何もなかった。


 五分が過ぎた。十分が過ぎた。


 音がした。


 はっきりとした音だった。前回とは違った。床の上を誰かが歩く音だった。奥の開口部の向こうから来ていた。近づいてきていた。


(いる)


 レインは動かなかった。


 足音が近づいた。開口部の前で止まった。光の加減が変わった。誰かが入口に立っているのだとわかった。


 しばらく誰も声を出さなかった。苔の光だけが続いていた。


「……誰かいるのか」


 低い声だった。大人の男の声だった。


「レインといいます。この場所を使っている者です」


 沈黙が続いた。


「……そうか」


 足音が聞こえた。今度は遠ざかっていく音だった。開口部の向こうに戻っていった。


 レインはしばらくそのまま立っていた。


(男の声だった。大人だった。急いでいないように聞こえた。驚いていたが、慌ててはいなかった。「そうか」とだけ言って戻っていった)


(名前を聞けなかった。でも声を聞いた。それだけは確かだ)


 しばらくして外に出た。



 部屋の刻みをもう一度確かめた。十六本のままだった。


 割れ目を抜けて大空洞に出た。スケイルリザードの姿はなかった。


 水場の前で立ち止まった。水を一度掬った。温かかった。放した。


(次に行った時に来るかもしれない。来た時に名前を聞く。押さない方がいい。ただ聞く)



 小屋に戻って乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。


 待っている間に記録の紙を開いた。今日のことを書いた。刻みの数、声のこと。声については「男。大人。低い声。急いでいない感じ。『そうか』とだけ言って戻った」と書いた。


 一時間ほどで五本が仕上がった。棚に並べた。通常品が三百五十六本になった。



 昼過ぎ、ミアが来た。


 扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。


「三百五十六本か」


「そうだ」


 ミアは丸太に腰を下ろした。


「刻みはどうだった」


「十六本になっていた。三日の間に来た。今日、声を聞いた」


 ミアがこちらを見た。


「声か」


「部屋で待っていたら、奥の開口部から足音が来た。開口部の前で止まって、誰かいるのかと聞いてきた」


「何と答えた」


「レインといいます、この場所を使っている者です、と言った」


「相手は」


「そうか、とだけ言って戻っていった」


 ミアは少し間を置いた。


「怖がった感じはあったか」


「驚いていたと思う。でも落ち着いていた。慌てて逃げた感じではなかった」


「男か」


「低い声だった。大人の男の声だった」


「そうか」


 しばらく黙っていた。


「師匠に話す」


「頼む。シルバじいさんには今から行く」


「わかった」


 ミアは立ち上がった。棚をもう一度見た。それから扉が閉まった。



 夕方、シルバの小屋へ向かった。


「刻みが十六本になっていました。三日の間に来たようです」


「器の向きは」


「変わっていませんでした」


「声を聞いたか」


 シルバが先に聞いてきた。


「はい。部屋で待っていたら奥の開口部から足音が来て、誰かいるのか、と声をかけてきました」


「どんな声だった」


「低い声でした。大人の男です。急いでいない感じでした」


「何と返した」


「名前と、この場所を使っている者です、と言いました。相手はそうか、とだけ言って戻っていきました」


 シルバはしばらく黙っていた。


「逃げなかったのか」


「逃げませんでした。急いで戻ってはいましたが、慌てた感じではありませんでした」


「そうか」


 また間があった。


「お前が名乗ったのは正しかった」


 それだけだった。


「次に行った時、また来るかもしれません。来た時に名前を聞いてみようと思っています」


「そうしろ。ただし押すな。向こうが話す分だけ聞けばいい」


「はい」


 帰り際、シルバが言った。


「エクラの知り合いから、じきにこちらに向かうと文が来た」


「来るのですか」


「来る。時期はまだわからない。来た時に教える」


「わかりました」



 夜、経営の書を開いた。


「初めての言葉は短い方がいい。長い言葉は後から来る。最初の声は、相手が続きを選ぶための種だ。種を蒔いたら、次は待つ。それだけでいい」


(十六本になった。声を聞いた。名前はまだわからない。エクラの知り合いがこちらに来る。今日はいくつかのことが動いた。まだわからないことの方が多い。でも、声を聞いた。それで今日はよかった)


 棚を見た。通常品が三百五十六本。混合品が二十八本。


 明日も採りに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ