第66話:三十歩目
種蒔きから百四十日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日収穫がなかった。水場の近くで育っている霧花草を一束採取した。三か所に水をかけた。
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。指先でなぞった。一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本、十一本、十二本、十三本、十四本——。
十五本目があった。
(五日ぶりに来た)
十四本目の隣に、新しい線が一本あった。表面だけが荒かった。
(三日の時もある。五日の時もある。一定ではない)
器の向きを確かめた。変わっていなかった。草の残骸もそのままだった。
部屋の中に立った。今日はもう少し長くいることにした。棚の前から奥の開口部の方へ視線を向けた。暗かった。苔の光だけが静かに続いていた。
十五分ほど経った頃だった。
音がした。
はっきりとは聞こえなかった。遠く、かすかだった。足音のようにも聞こえたが、確かではなかった。
レインは動かなかった。
(何だ)
また聞こえた気がした。奥の開口部の向こうの方から来ているように思えた。けれど壁の向こうは暗く、苔の光も届いていなかった。
しばらく待った。音はそれきりだった。
(気のせいではない気がした。でも確かとも言いきれない)
もう少し待ってから、外に出た。
*
奥の開口部の前に立った。松明を出した。火をつけた。
二十歩目まで確かめながら進んだ。溝の数は変わっていなかった。
二十一歩目、二十二歩目。床の傾きが続いていた。
二十五歩目を踏んだ。右の壁の縦の溝を確かめた。四本のままだった。
二十六歩目、二十七歩目、二十八歩目、二十九歩目。
三十歩目を踏んだ。
右の壁に何かがあった。松明を近づけた。
縦の溝が五本あった。均等な間隔で並んでいた。長さは二十五歩目の四本と同じだった。表面は滑らかで、古いものだった。
(二十五歩目に四本、三十歩目に五本。変わらなかった。次は三十五歩目に六本があるはずだ)
ゆっくりと触れた。五本とも同じ深さだった。
三十一歩目は踏まなかった。松明の残りを確かめてから、引き返した。
*
部屋の刻みをもう一度確かめた。十五本のままだった。
割れ目を抜けて大空洞に出た。スケイルリザードの姿はなかった。
水場の前で立ち止まった。水を一度掬った。温かかった。
(音がした。確かではなかった。でも聞こえた気がした。次に行った時も、同じように待つ)
*
小屋に戻って乾燥台に五本と霧花草一束を並べた。炭に火をつけた。
待っている間に記録の紙を開いた。今日のことを書いた。刻みの数、音のこと、三十歩目の溝のこと。音については「聞こえた気がした。確かではない」と書いた。見たことと感じたことを分けて書いた。
一時間ほどで通常品の五本と混合品の一本が仕上がった。棚に並べた。通常品が三百三十六本になった。混合品が二十八本になった。
*
夕方、ミアが来た。
扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。
「三百三十六本か。混合も一本増えた」
「霧花草を採れた」
「刻みはどうだった」
「十五本になっていた。五日ぶりに来たようだ」
ミアは少し間を置いた。
「五日の時もある」
「三日と五日が混ざっている。今のところ五日を超えたことはない」
「三十歩目はどうだった」
「溝が五本あった。二十五歩目の四本と同じ形だった。変わらなかった」
「次は三十五歩目か」
「そう思っている。松明を二本持っていく」
ミアは丸太に腰を下ろした。しばらくしてから言った。
「音の話は」
「部屋で待っていた時に、聞こえた気がした。足音のようにも聞こえたが、確かではなかった。奥の開口部の向こうの方からかもしれない」
「次も同じ時間帯に行くか」
「そうするつもりだ」
「師匠に話す」
「頼む」
ミアは立ち上がった。
「記録は書いたか」
「今日分を書いた」
「そうか」
扉が閉まった。
*
シルバの小屋へ向かった。
「刻みが十五本になっていました。五日ぶりに来たようです」
「器の向きは」
「変わっていませんでした」
「そうか」
「奥の開口部に三十歩目まで入りました。三十歩目の右の壁に縦の溝が五本ありました。二十五歩目の四本と同じ形で、同じ古さでした」
シルバは少し間を置いた。
「変わらなかったか」
「はい。次は三十五歩目だと思っています」
「そうだろう」
少し間があった。
「部屋で待っていた時に、音が聞こえた気がしました。足音のようにも聞こえましたが、確かではありませんでした。奥の開口部の向こうの方からだと思います」
シルバは炉から顔を上げた。
「どれくらい続いたか」
「短かった。二度ほど聞こえた気がして、それきりでした」
「そうか」
しばらく黙っていた。
「次に行った時も長くいろ。昨日と同じくらいの時間帯に」
「はい」
間があった。
「エクラからの文の返事が来た」
「どんな方でしたか」
「信用できる者だ。こちらの話を聞いてくれる。それだけでいい」
「教会のことですか」
「そうかもしれない。今は待て」
それ以上は続かなかった。
*
夜、経営の書を開いた。
「初めて聞く音は短い。確かめようとする前に消える。しかし聞いた事実は消えない。音を聞いた者は、次に来た音の意味を知っている」
(十五本になった。音が聞こえた気がした。三十歩目に五本だった。エクラから返事が来た。今日は確かではないことが多かった。でもそれは確かめる手前だということだ)
棚を見た。通常品が三百三十六本。混合品が二十八本。
明日も採りに行く。




