第60話:赤い目が来た
種蒔きから百二十一日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。
第三耕地に回ると、今日収穫できる大きさになっているものがあった。指で押すと弾き返した。五本を摘み取った。三か所に水をかけた。
割れ目の方へ向かった。
*
割れ目に一歩入った。十八歩進んで向こう側に出た。
刻みを確かめた。指先でなぞった。一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本——。
十一本目があった。
(増えた)
十本目の隣に、新しい線が一本あった。四日の間に来た。表面だけが荒かった。最近刻まれたものだった。
(また来た)
器の向きを確かめた。変わっていなかった。草の残骸もそのままだった。
(いつか会う。近づいている)
奥の開口部は今日は入らなかった。刻みが増えたことを確かめた後、引き返した。
*
割れ目を抜けて大空洞に出た。
水場の前を通りかかった。
スケイルリザードが、そこにいた。
(来ていた)
大空洞の中で見かけることは何度もあった。だが今日は様子が違った。水場の縁の岩の上にいた。体を丸めるでも低くするでもなく、こちらを向いてただそこにいた。
足を止めた。
スケイルリザードは動かなかった。赤い目がこちらを見ていた。
一歩、近づいた。
動かなかった。
もう一歩、近づいた。これまで三歩以内に近づいたことはなかった。
それでも動かなかった。
(攻撃するつもりはない)
手を伸ばした。ゆっくりと。スケイルリザードは動かなかった。赤い目が手先を追った。
指先が鱗に触れた。
冷たかった。固かった。鱗の一枚一枚が重なり合っていた。
スケイルリザードは動かなかった。逃げなかった。鳴かなかった。ただ、赤い目でこちらを見ていた。
(触れている)
少しの間、そのままでいた。
スケイルリザードはゆっくりと体の向きを変えた。そして大空洞の奥へと歩いていった。振り返らなかった。暗がりに消えた。
(なぜ、逃げなかったのか)
その場でしばらく立っていた。手のひらをもう一度見た。
(ガルドじいさんも、こうだったのだろうか)
*
小屋に戻って乾燥台に十本を並べた。炭に火をつけた。
一時間ほどで通常品の十本が仕上がった。棚に並べた。通常品が三百五十六本になった。混合品は二十五本のままだった。
*
夕方、ミアが来た。
扉を叩いてから入ってきた。棚を見た。
「今日は十本か。第三耕地だな」
「そうだ」
「刻みはどうだった」
「十一本になっていた。四日の間に来た」
ミアは少し間を置いた。
「そろそろ会うかもしれない」
「そう思っている」
ミアは棚の前に立った。
「これだけ積んでいれば、月末のセイロスの分も足りる」
「月末は来週あたりだ」
「そうか」
ミアは丸太に腰を下ろした。しばらく黙っていた。
「今日、大空洞で何かあったか」
(なぜわかるのか)
「スケイルリザードに触れた」
「触れた」
「水場の近くにいた。逃げなかった。手を伸ばしたら、鱗に触れることができた」
ミアはしばらく黙っていた。
「初めてか」
「初めてだ」
「……そうか」
ミアは何か言いかけて、止めた。
「シルバさんに話すか」
「今日話すつもりだ」
「そうか。それでいい」
扉が閉まった。
*
シルバの小屋へ向かった。
「刻みが十一本になっていた。四日の間に来た」
シルバは手を止めた。
「器の向きは」
「変わっていなかった」
「そうか」
少し間があった。
「大空洞でスケイルリザードに触れました。水場の近くにいて、逃げなかった」
シルバは炉から顔を上げた。
「触れたのか」
「はい。指先で鱗に」
「向こうは」
「動かなかった。そのまま見ていて、しばらくしてから奥へ去りました」
シルバはしばらく黙っていた。窓の方を見ていた。
「……そういうことか」
(独り言のように聞こえた)
「何かわかりましたか」
「ガルドの話を少し思い出した」
それだけ言って、炉の前に戻った。それ以上は続かなかった。
「今日はそれだけでいい。刻みが増えた時はすぐに来い」
「はい」
*
夜、経営の書を開いた。
「信頼は言葉より先に体で伝わることがある。言葉を持たない者と通じるには、言葉でないものを使うしかない」
(スケイルリザードは逃げなかった。鱗に触れた。それだけだ。でも、何かが変わった気がする。ガルドじいさんも同じ場所でこうしていたのかもしれない)
棚を見た。通常品が三百五十六本。混合品が二十五本。
明日も採りに行く。




