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第60話:赤い目が来た

 種蒔きから百二十一日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。第一耕地で二本。


 第三耕地に回ると、今日収穫できる大きさになっているものがあった。指で押すと弾き返した。五本を摘み取った。三か所に水をかけた。


 割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。十八歩進んで向こう側に出た。


 刻みを確かめた。指先でなぞった。一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本、十本——。


 十一本目があった。


(増えた)


 十本目の隣に、新しい線が一本あった。四日の間に来た。表面だけが荒かった。最近刻まれたものだった。


(また来た)


 器の向きを確かめた。変わっていなかった。草の残骸もそのままだった。


(いつか会う。近づいている)


 奥の開口部は今日は入らなかった。刻みが増えたことを確かめた後、引き返した。



 割れ目を抜けて大空洞に出た。


 水場の前を通りかかった。


 スケイルリザードが、そこにいた。


(来ていた)


 大空洞の中で見かけることは何度もあった。だが今日は様子が違った。水場の縁の岩の上にいた。体を丸めるでも低くするでもなく、こちらを向いてただそこにいた。


 足を止めた。


 スケイルリザードは動かなかった。赤い目がこちらを見ていた。


 一歩、近づいた。


 動かなかった。


 もう一歩、近づいた。これまで三歩以内に近づいたことはなかった。


 それでも動かなかった。


(攻撃するつもりはない)


 手を伸ばした。ゆっくりと。スケイルリザードは動かなかった。赤い目が手先を追った。


 指先が鱗に触れた。


 冷たかった。固かった。鱗の一枚一枚が重なり合っていた。


 スケイルリザードは動かなかった。逃げなかった。鳴かなかった。ただ、赤い目でこちらを見ていた。


(触れている)


 少しの間、そのままでいた。


 スケイルリザードはゆっくりと体の向きを変えた。そして大空洞の奥へと歩いていった。振り返らなかった。暗がりに消えた。


(なぜ、逃げなかったのか)


 その場でしばらく立っていた。手のひらをもう一度見た。


(ガルドじいさんも、こうだったのだろうか)



 小屋に戻って乾燥台に十本を並べた。炭に火をつけた。


 一時間ほどで通常品の十本が仕上がった。棚に並べた。通常品が三百五十六本になった。混合品は二十五本のままだった。



 夕方、ミアが来た。


 扉を叩いてから入ってきた。棚を見た。


「今日は十本か。第三耕地だな」


「そうだ」


「刻みはどうだった」


「十一本になっていた。四日の間に来た」


 ミアは少し間を置いた。


「そろそろ会うかもしれない」


「そう思っている」


 ミアは棚の前に立った。


「これだけ積んでいれば、月末のセイロスの分も足りる」


「月末は来週あたりだ」


「そうか」


 ミアは丸太に腰を下ろした。しばらく黙っていた。


「今日、大空洞で何かあったか」


(なぜわかるのか)


「スケイルリザードに触れた」


「触れた」


「水場の近くにいた。逃げなかった。手を伸ばしたら、鱗に触れることができた」


 ミアはしばらく黙っていた。


「初めてか」


「初めてだ」


「……そうか」


 ミアは何か言いかけて、止めた。


「シルバさんに話すか」


「今日話すつもりだ」


「そうか。それでいい」


 扉が閉まった。



 シルバの小屋へ向かった。


「刻みが十一本になっていた。四日の間に来た」


 シルバは手を止めた。


「器の向きは」


「変わっていなかった」


「そうか」


 少し間があった。


「大空洞でスケイルリザードに触れました。水場の近くにいて、逃げなかった」


 シルバは炉から顔を上げた。


「触れたのか」


「はい。指先で鱗に」


「向こうは」


「動かなかった。そのまま見ていて、しばらくしてから奥へ去りました」


 シルバはしばらく黙っていた。窓の方を見ていた。


「……そういうことか」


(独り言のように聞こえた)


「何かわかりましたか」


「ガルドの話を少し思い出した」


 それだけ言って、炉の前に戻った。それ以上は続かなかった。


「今日はそれだけでいい。刻みが増えた時はすぐに来い」


「はい」



 夜、経営の書を開いた。


「信頼は言葉より先に体で伝わることがある。言葉を持たない者と通じるには、言葉でないものを使うしかない」


(スケイルリザードは逃げなかった。鱗に触れた。それだけだ。でも、何かが変わった気がする。ガルドじいさんも同じ場所でこうしていたのかもしれない)


 棚を見た。通常品が三百五十六本。混合品が二十五本。


 明日も採りに行く。

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