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第56話:十歩目の溝

 種蒔きから百八日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は今日も変わらなかった。第一耕地で二本。第三耕地は今日収穫がなかった。水をかけた。三か所に。


 今日は松明を二本持ってきた。


 割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。六歩目あたりで壁の苔が光り始めた。十八歩進んで向こう側に出た。


 刻みを確かめた。指先でなぞった。一本、二本、三本、四本、区切り、六本、七本、八本、九本。


(変わっていない)


 器の向きも変わっていなかった。草の残骸もそのままだった。


 棚の前を離れて、奥の開口部の前に立った。


 松明を一本出した。火をつけた。もう一本は帯の中にそのままにした。


(使う時が来たら出せばいい)


 開口部の縁に立った。中は暗かった。壁が両脇から狭くなっていた。


 一歩入った。二歩目で床が下へ傾いた。三歩目。四歩目で通路が右へわずかに曲がった。五歩目で足元が湿った。六歩目で壁に手を当てた。岩盤に土が混じったざらつきだった。


 前回まで確かめた範囲だった。


 七歩目を踏んだ。


 引き返したのはここだった。今日は続けた。


 八歩目。天井がわずかに低くなった。手を伸ばすと指先が届く高さになった。


 九歩目。通路がまた右へわずかに向きを変えた。傾きに近い変わり方だった。


 十歩目を踏んだ。


 右の壁に何かがあった。


 松明を近づけた。


 縦の溝だった。細い線が一本、壁に刻まれていた。長さは指一本ほどだった。深さは浅かった。周りの岩と同じ色をしていた。


(部屋の刻みとは形が違う。あれは横だった。これは縦だ)


 触れてみた。表面が滑らかだった。古いものだった。


(誰が、いつ刻んだのか)


 周りを見た。溝は一本だけだった。他には何もなかった。


 十一歩目を踏もうとして、止まった。


(今日はここまでだ)


 引き返した。



 部屋の刻みをもう一度確かめた。九本のままだった。


 割れ目を抜けて大空洞に出た。スケイルリザードの姿はなかった。


 水場の前で立ち止まった。水を一度掬って、放した。温かかった。


(十歩目の右の壁。縦の溝が一本。部屋の刻みとは形が違う。同じ人間が刻んだのかどうかも、今はわからない)



 小屋に戻って乾燥台に五本を並べた。炭に火をつけた。


 乾燥を待ちながら、今日のことを考えた。


 七歩目から先へ踏み込んだのは今日が初めてだった。八歩目で天井が低くなった。九歩目で向きが変わった。十歩目に溝があった。松明を二本持ってきたが、一本しか使わなかった。


(次はもっと先まで確かめられる)


 一時間ほどで通常品の五本が仕上がった。棚に並べた。通常品が二百七十一本になった。混合品は二十三本のままだった。



 夕方、ミアが来た。


 扉を叩いてから入ってきた。棚を一度見た。


「今日は五本だけか」


「第三耕地が今日なかった。五本だ」


「そうか」


 ミアは丸太に腰を下ろした。


「割れ目に入ったか」


「入った。十歩目まで」


「どうだった」


「右の壁に溝があった。縦に一本だった。部屋の刻みとは形が違う」


 ミアは少し間を置いた。


「別の人間が刻んだということか」


「わからない。形が違うだけで、同じ者かもしれない」


「そうか」


 ミアは立ち上がった。


「師匠が言っていた。探索したことも記録に残しておけ、と。口で覚えていても、積み重なると混ざる、と」


「今日のことを書いてある」


「そうか。それでいい」


 扉が閉まった。



 シルバの小屋へ向かった。夕暮れが近かった。


「奥の開口部に今日入った。十歩目まで」


「どうだった」


「十歩目の右の壁に溝があった。縦に一本だった。部屋の刻みとは形が違った。表面は滑らかで、古いものだと思います」


 シルバはすぐには答えなかった。


「他には」


「八歩目から天井がわずかに低くなった。九歩目でまた向きが変わった」


「音は」


「なかった。光もなかった」


「そうか」


 シルバは炉の前に手を当てた。しばらくそのままでいた。


「次に入る時、その溝の数が増えているかどうか確かめてくれ。場所も覚えておけ」


「右の壁の十歩目でした」


「そうか。今日はそれだけでいい」


 立ち上がった時、シルバが言った。


「松明二本は持ったか」


「持った。一本は使わなかった」


「そうか」



 夜、経営の書を開いた。


「下へ向かう道に目印は少ない。それでも刻まれたものは残る。意図がわからなくとも、刻まれた跡は、いつか誰かの手がかりになる」


(溝が一本あった。誰かが通ったしるしかもしれない。今はわからなくていい。次に行った時に変わっているかどうか確かめればいい)


 棚を見た。通常品が二百七十一本。混合品が二十三本。


 明日も採りに行く。

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