第48話:向こう側
種蒔きから七十九日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。第一耕地で二本。第三耕地の水やりも先に済ませた。今日は収穫できる大きさのものはなかった。三か所に水をかけてから、奥の壁際へ歩いた。
(今日は入る)
割れ目の前に立った。今日も風が来ていた。
一歩入った。十八歩目まで迷わずに進んだ。入口の縁に立った。
一歩踏み出した。
向こう側に出た。
*
中は明るかった。
松明が必要ないほどだった。壁も天井も、青白い苔の光で満ちていた。大空洞とは光の質が違った。あちらは岩の隙間から差し込む自然光だった。こちらは壁から発される光だった。息をするたびに、光が揺れるような気がした。
空間の大きさは、大空洞の三分の一ほどだった。天井は低く、大人が立って手を伸ばせば届くほどだった。形は丸みを帯びていた。自然にできた洞窟ではなく、掘られたような形だった。
(誰かが、ここを作った)
床に目を落とした。岩盤が露出していた。薄く土がかぶっているが、平らだった。何かが置かれていた跡のような平らさだった。
壁際を確かめながら奥へ歩いた。三歩進んだところで、右の壁に出っ張りがあるのが見えた。
岩を削って作ったような棚だった。
幅は一歩ほど。奥行きは肘から先ほどの長さ。棚の上に、何かが置かれていた。
近づいた。
土をかぶった小さな器だった。手のひらに乗るほどの大きさ。粘土で作ったような器だった。ひびが入っていたが形は保っていた。中に何かが残っていた。乾燥した植物の残骸だった。何の植物かはわからなかった。
棚の横の壁に、焦げた痕があった。松明を当てた跡だった。炭が残っていた。手で触れると黒い粉が指についた。
(誰かがここを使っていた)
古いものだった。何年前かはわからなかった。ただ、自然にできた痕ではなかった。誰かが松明を持ってここに来て、この棚を使っていた。
器を動かさなかった。棚の上に置いたままにした。
奥に、もう一つ開口部があった。さらに先に続いている。今日は行かなかった。
*
大空洞に引き返した。
割れ目の外に出ると、スケイルリザードがいた。壁際に体を低くして止まっていた。赤い目でこちらを見ていた。
しばらく見合った。スケイルリザードは動かなかった。追ってこなかった。
(知っていたんだろう)
*
小屋に戻って乾燥台に五本を並べた。採取ポイントの三本と第一耕地の二本だった。炭に火をつけた。
待つ間、見たものを頭の中で繰り返した。岩を削った棚。土をかぶった器。植物の残骸。松明の焦げ跡。誰かがここを使っていた。何のために使っていたのかはわからなかった。
通常品を五本、混合品を一本仕上げた。棚に並べた。通常品が二百六本になった。混合品が十六本になった。
*
夕方、経営の書を開いた。
「誰かが歩いた道には跡が残る。跡を見た者は、その道を歩いた者のことを考える。考えることは、次の一歩を決める前にすることだ」
岩の棚を思い出した。器を思い出した。
(誰かがここを使っていた)
棚を見た。通常品が二百六本。混合品が十六本。
明日も採りに行く。




