第4話:二度目の霧穴
三日後、レインは再び霧穴へ向かった。
今度は前回の反省を活かして準備をしていた。革袋は少し大きいものを借り、薬草を包む布切れを多めに持った。松明は二本。食料も多めだ。昨晩には記憶を頼りに霧穴の入口付近の地図を紙に描いた。ざっくりしたものだったが、ないよりはいい。
山道は前回と変わらず整っていた。踏み固められた土の感触が、ガルドが歩き続けた名残のように思える。
霧穴の入口に着いた頃、朝の光が山の端から差してきた。入口から霧が細く流れ出している。今日は前回より少し濃い気がした。
「……また来たよ」
誰に言うわけでもなく呟いて、松明に火をつけて中に入った。
*
内部は前回と同じく静かだった。
まず前回ミストハーブを見つけた場所を目指す。入口からそう遠くない。右へ曲がった先の岩の裂け目——記憶通りの場所に、青白い光が見えた。
前回より多い。
裂け目に沿って六本ほどの茎が光っている。前回は一本しか気づかなかったが、見落としていたのか、それとも短い間に増えたのか。どちらでもよかった。レインは膝をついて一本ずつ丁寧に根ごと抜いた。根を傷めないよう、土ごとゆっくりと持ち上げる。六本すべてを布切れに包んで革袋に収めた。
薬草を袋に入れていると、通路の奥でガサリと音がした。
体が自然に壁際に寄る。息を浅くして、気配を殺すように静止する。
のそのそと現れたのは、やはりスケイルリザードだった。赤い目がぼんやりと光りながら通路を歩いてくる。前回と同じ大きさに見えた。同じ個体かもしれない。
レインは動かなかった。
スケイルリザードは近づいてきた。前回より距離が縮まった——鼻先を動かして、レインのいる方をひたと向いた。
(気づかれた)
そう確信した瞬間、スケイルリザードは鼻先を一度だけひくりとさせて、くるりと背を向け、また奥へ歩いていった。
……わかった上で、通り過ぎた。
しばらくその場で固まったまま、レインはその背中を見送った。気づかないのではなく、気づいた上で何もしなかった。なぜか。
(まあ、いいか)
深く考えてもわからないことだ。今は薬草がある。帰ることを優先する方がいい。
*
少しだけ、奥へ向かった。
前回引き返した場所から、さらに五十歩ほど進んだ先に、通路が広くなっている場所があった。壁が大きく湾曲し、天井が高い。まるで自然にできた部屋のように見えた。
奥の壁に、何かが彫られているのが見えた。
文字のようなもの、あるいは紋様。時間をかけて刻まれたのか、細かい線が幾重にも重なっている。近づいて松明を当てると、線は複雑な模様を描いていた。意味はわからない。見たことのない形だ。
(どこかで……)
ふと、経営の書の「読めないページ」が頭をよぎった。あの文字と、少し形が似ている気がした——気のせいかもしれないが。
松明の炎が揺れた。風が来た方向を確かめる。奥からだ。通路はまだ続いている。この先に何かある。
それを確かめるのは今日じゃない。レインは壁の紋様を目に焼き付けて、来た道を戻り始めた。
*
タルン村に着いたのは昼過ぎだった。
シルバじいさんの小屋に直行して、六本のミストハーブを見せると、じいさんは頷いた。「今日はここで作ってしまえ。もう手順はわかるな」
「はい」
それから二時間ほどかけて、レインはポーション三本を仕上げた。前回より落ち着いてできた気がする。色も前回より少し深い緑だった。じいさんは「よくなった」と言った。
作業台に三本の瓶を並べていると、扉が開いてミアが入ってきた。師匠の使いで何かを取りに来たようで、棚の前で手を止め、作業台を見た。
「なんかにおいがすると思ったら」とミアは言い、瓶を眺めた。「レインが作ったの?」
「うん」
ミアは瓶を一本手に取り、光に透かした。薄い緑が光を帯びてわずかに輝く。しばらく見てから、作業台に戻した。
「ちゃんとしたポーションじゃん」
「十分だ」とシルバじいさんが言った。
ミアは少しだけ黙った。それからレインの方を見て、ゆっくりと言った。「ガルドじいさん、喜ぶと思う」
レインは何も答えなかった。
——ただ、そうだといいな、と思った。
ポーション三本。最初の三本だ。これを売って、また材料を買う。材料が増えれば、もっと多く作れる。もっと作れれば、もっと多くの人に届く。
それだけのことだった。大きな話じゃない。でも、始まりとしては十分だった。




