第23話:土の目利き
約束の日は三日後になった。ミアの手が離せないうちは待てばいい。
待つ間にも毎朝の仕事は続いた。採取ポイントでミストハーブを採り、大空洞へ向かい、耕地の様子を確かめる。第一耕地の残り二粒の芽は日ごとに少しずつ育っていた。茎の先に、ほんのわずかな葉の形が見え始めている。霧花草の第二耕地も葉が増えていた。水場の水を柄杓でかけて帰った。
どこに次の耕地を作るか——候補の場所は自分でも三か所ほど目をつけていた。でも土の感触はミアに任せたかった。シルバじいさんが「目の利く者に見せろ」と言った。大空洞でのミアの手つきを思い返せば、そういう者だとわかる。
約束の朝、ミアが早めに来た。
霧穴の入口の前で今回は立ち止まらなかった。松明の火がつくのを待って、そのまま中へ入った。
「採取ポイントには寄りますか」
「寄る。ついでに確かめる」
主通路を歩いた。ミアの足音はレインより少し軽く、石の上を丁寧に踏んでいく調子だった。岩肌に触れはしなかったが、通りすがりに目をやっていた。
採取ポイントでミストハーブを三本採った。折り取る感触、根元から離れた後も残る青白い光。ミアはその光の方をじっと見ていた。
「採った後も光っているんだな」
「少しの間は。根の方が光が強いみたいです」
「根が光る。こういう植物は他で見たことがない」
「霧の多い場所にしか育たないから、何かそういう理由があるのかもしれない」
ミアは岩の裂け目に指先を当てた。石の感触を確かめて、手を離した。
*
紋様の広間を通った。
ミアは今回は立ち止まらなかった。ただ壁に目をやりながら「変わっていないな」と静かにつぶやいた。
「何か変わることがあると思う?」
「人は変化を見落とすことが多い。だから確かめる意味がある」
大空洞に入ると、今日は光の差し込む角度が先週と少し違った。季節によって天井の隙間からの光の入り方が変わるのかもしれない。霧が薄く、床の岩と土の色がはっきり見えた。
ミアは耕地の前に来て、まず目で全体を見た。
「芽が増えた。前は三粒と言っていたか」
「最初の三粒を収穫した。残り二粒がこれだ。もう少しで採れそう」
ミアは膝をついた。土に指を差し込んで引き出した。土が指の跡を軽く押し返してくる。
「前より締まっている。根が土に絡んできた証だ」
「良い変化?」
「悪い変化ではない。根と土が一緒になってきているということだ」
ミアは手を払って立ち上がった。「候補の場所を見せてくれ」
*
三か所を案内した。
最初の場所は光が当たるが、ミアが指を差し込むと「一寸半で岩が来る。深く根が張れない」と言った。
二か所目は土が厚かったが、「霧の流れが来ていない。乾きやすい」と言った。
三か所目に来たとき、ミアの手つきが変わった。
膝をついて指を差し込む。少し深い。引き出す時、土が指に粘りつくように持ち上がってきた。
「水分がある。この場所は霧が集まっている」
「天井の隙間の位置とちょうど重なってる。光も当たるよ」
ミアは立って頭上を見た。光の筋がこの場所の上から降りてきている。霧が細く落ちてくる。
「光と霧と水分のある土。三つ揃っている」ミアはしばらく見た。「ここだ」
「今日、作る?」
「今日がいい。土を起こすついでに石も取り除ける」
二人で造成した。ミアが「ここまで」と端を示した。レインが棒で土を起こし、埋まっていた石を取り除いた。三番目の耕地は最初のものより少し広い。半畳と少しほど。
「端を踏み固めてやれ。根が伸びると周囲の土が締まる。最初から整えておいた方がいい」
ミアはそう言いながら、耕地の縁を足の内側で丁寧に踏んだ。鍛冶で型の縁を仕上げる時と同じ、迷いのない動作だった。
「土を見てもらって助かった」
「育つかどうかはこれからだ。確かめるのは結果だ」
「でも、ここなら育つと思う」
ミアは耕地の縁を一度手のひらで押さえた。答えはなかった。でもそれで十分だった。
*
帰り道、水場の近くを通った。
ミアはまた岩の縁に手を当てた。目を少し閉じる。今回は前より長く当てていた。
「まだわからない?」
「……前よりはっきりしてきた気がする」
「どういう感じ?」
「何かがあるというより——ここが何かの真ん中にいるような感じがする。水が来る。霧が来る。光も来る。全部がここへ向かっているような」
レインは水場を見た。澄んだ水が岩の窪みに溜まっている。体温に近い温かさ。毎日変わらずここにある。
「シルバじいさんも大空洞のことを何か知っていそうなんだけど、話してくれない」
「聞いたのか」
「聞くたびに話題が変わる」
ミアはしばらく黙った。「急がなくていい。わかる時がある」
岩から手を離して、歩き始めた。
*
入口から外に出た。日の光が冷気を押し返してくる。山の空気が温かい。
「師匠の膝の様子が変わったそうです」ミアが言った。
「良い方向に?」
「昨日は湿気の日だったが重くならなかったと言っていた。本人は認めたがらない様子だったが——そういうことだ」
レインは山道を歩きながら、その言葉を反芻した。
外の傷だけでなく、古い傷にも届いた。使った翌日も体の感触が変わった。混合品の力が、まだわかっていない部分まで届いているのかもしれない。
「続けて様子を見てもらえれば、もっとわかってくる」
「師匠は自分で試す人間だ。こちらから言わなくても続ける」
山道を下りた。途中でミアが一度だけ振り返った。霧穴の入口の方を見た。それから前を向いた。
何も言わなかった。そのまま山道を下りた。
*
夕方、シルバじいさんを訪ねた。
「第三耕地を造成しました。ミアに場所を選んでもらいました」
「ミアが見たか」じいさんは少し前に出た。「どんな場所だ」
「光と霧と水分が三つ揃っているところだと言っていました。第一耕地よりも少し広いです」
「そこに何粒蒔くつもりだ」
「明日の朝、二十粒ほど蒔こうと思っています」
じいさんはしばらく考えた。「第一耕地は十数粒で五粒発芽した。二十粒なら、うまくいけば七粒から八粒育つかもしれない」
「そうなれば、第一耕地と合わせて十粒以上が同時に育つことになります」
「一粒が五日で採れるなら、十粒が同時に回れば二日おきに何本かが採れる計算になる」じいさんは椅子に座り直した。「月にどれだけ出るかが、少しずつ見えてくる」
「ドゥルガのところへ月十本という話があります」
「十本は採取ポイントだけで足りる。耕地が育てば、その上が出る。その上が出れば——エクラのセイロスという話も動かせる」
「セイロスは月十本以上なら話が通る、ということでしたか」
「ドゥルガがそういう話をしていた。急がなくていい。ただ、量が読める日が来た時に動けるよう、今から数を意識しておけ」
レインはうなずいた。今日の第三耕地の二十粒が、その「数が読める日」に繋がる。
「ミアの師匠の膝が良くなってきたという話を聞きました」
「ゴルドのことか」じいさんは少し目を細めた。
「湿気の日なのに重くならなかったと、ミアが教えてくれました」
「そうか」じいさんはしばらく黙った。何かを考えているような顔だった。「混合品が古傷に届いたなら——それは、まだわかっていなかったことが一つ見えたということだ。急かずに続けて確かめていけ」
「はい」
帰り道に空を見上げたら、星が出ていた。
明日の朝、第三耕地に種を蒔く。それだけだ。でも、そのことが今夜は大事なことに思えた。




