第21話:ミアと大空洞
約束の日の朝、ミアが早めに来た。
レインが乾燥台の炭を整えていると、道沿いに足音が聞こえた。振り返るとミアが山道を上がってくるところだった。腰に小さな革袋を下げている。
「早いな」
「のんびりしていたら昼になる」ミアは小屋の扉に手を当て、感触を確かめた。ゴルドと同じ動作だった。「中は後でいい。先に霧穴に入りたい」
二人で入口へ向かった。
霧穴の入口の前でミアは立ち止まった。霧が流れ出てくる。ミアは少し目を細めた。
「いつも、こんなに霧が出ているのか」
「うん。昔からずっとそうみたいだ」
「どこから来るんだろう」ミアは霧に手を伸ばした。霧が指の間を抜けていく。「不思議だな」
「わからない」
レインは松明に火をつけた。「行こうか」
「行く」
入口をくぐった。冷気がミアの顔にも当たったはずだ。ミアは少し肩を縮めたが、歩みを止めなかった。
主通路を歩いた。松明の光が岩肌を照らす。足音が反響する。
「広い」ミアは天井を見上げた。「外から見るより、中の方が大きいんだな」
「大人が三人横に並んで歩けるよ」
採取ポイントの手前で、ミアが止まった。
「あれは」
右の曲がり角の奥から、青白い光がひっそりと漏れている。
「ミストハーブだ。根元が光ってる」
ミアは光の方へ向かった。岩の裂け目に沿って育つ茎、その根元から青白い光がにじみ出ている。ミアは少し離れたところから見た。
「植物が光るのか」
「霧の多い場所にしか育たないから、こういう性質があるのかもしれない」
ミアは茎には触れなかった。しばらく見てから「きれいだな」と、ぽつりと言った。
その言葉がミアにしては珍しいと思った。
「採っていい?」
「三本くらいなら」
レインは三本折り取り袋に入れた。その間、ミアは壁の岩に触れていた。岩の表面を指でなぞっていた。
「この辺の岩は普通だ」
「入口の横の岩と違う?」
「入口の横のは、もっと純粋な石だ。混じり物が少ない。ここは普通の山の岩と変わらない」
それ以上は言わなかった。
*
紋様の広間に入った。
松明の光に、壁の紋様が浮かび上がった。細い線が幾重にも重なった複雑な模様。
ミアは立ち止まった。
しばらく黙って壁を見ていた。
「何か気づく?」とレインが聞いた。
「……線が規則的だ」ミアは壁に近づいた。「でたらめに刻んだものじゃない。計算されている」
「どういうこと?」
「鍛冶で型を刻む時に似ている。どこをどう削るか、決まった順番で刻んでいく。この紋様もそれに近い作り方をしている」
「誰かが意図して刻んだってこと?」
「そうでなければ、この規則性は出ない」ミアは指で紋様に触れようとして、寸前で手を止めた。触れなかった。「奥に何がある」
「大空洞だ。行こう」
*
通路がゆるく曲がった先、空洞の入口に差し掛かった。
天井が一気に高くなった。岩の隙間から複数の光の筋が差し込み、霧を照らして空間全体が白くほんのり輝いている。
ミアは足を止めた。
しばらく何も言わなかった。
「……これは」
「大空洞だ。天井の岩の隙間から自然光が入ってくる」
「自然にこんな空間があるのか」
ミアは中に入った。床を踏みしめながら、岩と土の質を確かめるように歩いた。壁に触れた。岩の表面を両手で押さえた。目を少し閉じた。
何かを感じているような手つきだった。
「どう?」
「……この岩は、外の山の岩とは違う」ミアはゆっくり手を離した。「入口の横の白い岩とも違う。もっと深い感じがする」
「深い、ってどういうこと?」
「言葉にしにくい。ただ——大きい、という感じがする。この岩の向こうに、まだずっと続いているような」
レインは何も言わなかった。ミアが何かを感じているのはわかった。でもそれが何かは、まだわからない。
第一耕地へ案内した。
「ここで育ててる。ミストハーブの種を蒔いて、今は五粒が発芽してる」
ミアは耕地に膝をついた。土に指を差し込んだ。
「土が温かい」
「地の深いところからの熱だと思う」
「こんな土は他では見たことがない」ミアは土を少し手に取った。「色が黒い。水分を含んでいる。表面は乾いているのに中は湿っている」
「育てるのにいい土だと思う」
芽を見せた。細い茎が五本、光の中で薄緑に輝いている。
ミアはしばらく黙って見ていた。「よく育てた」それだけ言った。
水場を案内した。岩の窪みに溜まった澄んだ水。体温に近いほんのりした温かさがある。
ミアは岩の縁に手を当てた。岩の感触を確かめるような手つきで、しばらく動かなかった。
「ゴルドさんと似たような手つきだな」
「師匠に教わった。物は触れてみなければわからない」
「何かわかった?」
「……わからない」ミアは手を離した。「でも何かある気がする。今はまだわからないが」
*
帰り道、採取ポイントの前でスケイルリザードとすれ違った。
蜥蜴は通路の向こうから来て、二人の前でゆっくり止まった。赤い目がミアを見た。それからレインを見た。ミアの手が腰の革袋に伸びた。
「大丈夫だよ」レインが言った。「攻撃してこない。いつもこうなんだ」
スケイルリザードはしばらく二人を見てから、ゆっくり通路の奥へ去っていった。
「……あれは本当に攻撃してこないのか」ミアが言った。
「一度も。なぜかはわからない」
「お前に懐いているのか」
「懐いているというより——気にしていないのかもしれない」
「気にしていないというには、ちゃんとこちらを見ていたが」
それはその通りだ。レインにも、その理由はわからない。
入口から外へ出た。山の空気が、霧穴の冷気とは違う暖かさを持っていた。
「見たかったものは見られた?」
ミアはしばらく霧穴の入口を見ていた。「見たいものが増えた」
「また来る?」
「来る」ミアは短く答えた。「師匠にも報告する」
二人で山道を下りた。ミアは道中ほとんど何も言わなかった。でも時々、後ろを振り返って霧穴の入口の方を見ていた。




