表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
100/109

第100話:話してきた

 種蒔きから二百四十四日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。


 第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。


 第三耕地は今日の頃合いではなかった。三か所に水をかけた。


 岩の隙間の霧花草は今日は葉を閉じていた。採取はしなかった。


 水場を通りかかった時、水に指先を入れた。今日も温かかった。岩の上に手を当てた。岩も温かかった。


(割れ目を確認する。今日は時間をとる)


 割れ目の方へ向かった。



 割れ目に一歩入った。苔の青白い光が続いた。十八歩進んで向こう側に出た。刻みを確かめた。


 三十本になっていた。


(ケルンが来た)


 三十本目だけ表面が荒かった。器の向きは変化なし。


(部屋で少し待つ)


 棚のそばに腰を落ち着けた。松明の炎と苔の青白い光が交じり合った。


 しばらくして、奥の開口部から足音が近づいてきた。一定の歩幅だった。


「ケルンさん」


「……俺だ」


「刻みが三十本になっていました」


「そうか」


 少し間があった。ケルンが部屋の入口あたりに立った。


「向こうへ行ってきた」


(向こう——ケルンが発見した広い場所へ)


「どこまで行きましたか」


「広い場所の奥まで。前回より進んだ。匂いがまた変わった。もっと深い匂いだった。岩の古い匂いと、何か他のものが混じっていた」


「ガルドが言っていた場所の匂いですか」


 少し間があった。


「近い気がした。手前かもしれない。あるいは——もう、その場所の中にいるのかもしれない」


(「もう、その場所の中にいるのかもしれない」)


「壁の線はどうでしたか」


「端の方まで続いていた。松明が届く範囲では、壁の横一面に伸びていた。形は——読めなかった。でも確かに、何かを記録している形だと思う。長い時間前に、誰かが来て残した」


 少し間があった。炎が揺れた。


「お前の溝はいくつになったか」


「三本です」


「そうか」


 また少し間があった。


「ケルンさんは、これからも続けますか」


 ケルンが短い間を置いた。


「……続ける。ガルドが言っていた場所まで行く。それだけだ」


(それだけだ、と言った)


「俺も続けます」


「そうか」


 足音が奥の開口部の方へ遠ざかっていった。



 部屋を出た。割れ目を抜けて大空洞に戻った。


(ケルンが「もう、その場所の中にいるのかもしれない」と言った。壁の線は端の方まで続いていた。ガルドが言っていた場所——霧穴の奥の深い場所に、ケルンがたどり着こうとしている)



 小屋に戻った。乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。弱火を保った。


 この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が六百三本になっていた。一時間ほどで通常品五本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が六百八本になった。混合品が四十四本になった。


 記録の紙を取り出した。「刻みが三十本に増加——話間にケルン来訪。今日もケルンと接触:向こうの広い場所の奥まで進んだ。匂いがまた変わった。壁の線が端まで続いていた。もうその場所の中にいるかもしれないと言っていた。通常品六百八本。混合品四十四本」。



 夕方、シルバの小屋へ向かった。


「刻みが三十本になっていました。今日ケルンと接触しました。向こうの広い場所の奥まで行ったと言っていました。匂いがまた変わった——ガルドが言っていた場所の手前か、もうその中にいるかもしれないと言っていました。壁の線は端の方まで続いていたと」


 シルバが炉の前でゆっくりと顔を上げた。


「ケルンが奥まで行ったか」


「はい」


 短い間があった。炉の木がくすぶっていた。シルバがゆっくりと炉を見た。しばらく動かなかった。


「一つ、話してもいいか」


(話してもいいか、と聞いた)


「はい」


「ガルドが魔王のいる場所から戻った時のことだ。俺は一度だけ、ガルドに聞いたことがある。何をしてきたかを。一度だけだ」


「はい」


「ガルドは言った。——話してきた、と」


(「話してきた」)


「魔王と、ですか」


「そうだ。討伐した、とは言わなかった。戦った、とも言わなかった。ただ——話してきた、とだけ言った」


 少し長い間があった。炉の火が揺れた。


「それだけでしたか」


「それだけだった。何を話したかは言わなかった。聞こうとすると、ガルドは黙った。それが全部だった」


 シルバが炉を見たまま続けた。


「でも——戻ってきた時のガルドの目が違った。来る前とまるで違う目をしていた。重いものを下ろした後の顔だった。それを見て、俺はそれ以上聞けなかった」


(ガルドは魔王と話した。討伐したのではなく——話した)


「話してきた、というのが——本当のことだと思いますか」


「ガルドが俺に嘘をついたことはない」


 シルバが静かに言った。炉を見たまま動かなかった。


「向こうでケルンが見つけた場所の壁の線。降下通路の古い溝。——全部、一つの方向に向かっていると俺は思っている。お前が続けていることは、正しい」


「はい」


「急ぐな。ただ、続けろ」


 炉の火が揺れた。外はもう暗くなっていた。



 夜、経営の書を開いた。


「何かを伝えるために言葉を選ぶ者がいる。言葉の代わりに沈黙を選ぶ者もいる。残された者は、その沈黙の形から何かを読み取ろうとする。言葉より沈黙が正確に残ることがある」


(ガルドは「話してきた」と言った。それ以上は言わなかった。右手に跡があった。向こうの壁には何かが記録されていた。——全部、繋がっている。いつかわかる。続けていれば)


 棚を見た。通常品が六百八本。混合品が四十四本。


 明日も採りに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ