93 黄身の輝き極上の塩半熟卵と味玉
屋台の仕込み場。ミナとコウの二人は湯気の立つ鍋の前で真剣な眼差しを交わしていた。
「たかが玉子、されど玉子。ラーメンのトッピングだからって絶対に妥協はできないよ」
「ああ、わかってる! スープと麺がどれだけ美味しくても卵で手を抜いたらラーメンとして完璧じゃない!」
二人が取り組んでいたのはラーメンに添える薄塩味の半熟卵とこだわりの特製味玉の開発だった。他店の味に引けを取らない、どころか食べた客を唸らせる一品を目指すとなれば――その道は険しい。
茹で時間が数秒ズレるだけで黄身の固まり具合が変わり、殻の剥きやすさや白身のぷりぷり感まで影響する。殻がついたまま絶妙な塩気を白身に染み込ませる薄塩半熟卵は、塩分濃度と浸透時間の調整に悪戦苦闘。味玉のタレについては大吾の秘伝醤油出汁をベースに、みりん、ニンニク、少しのハーブを加え、黄身のねっとり感を殺さないよう漬け込み時間を徹底検証していた。
白身はしなやかに固まり黄身はとろりと溢れ出す寸前の絶妙な粘度を目指し、何百個もの卵を割り続け、ついに二人が手を取り合って歓声を上げる納得の完成形が誕生した。
その夜、ミナとコウが切り盛りする屋台に賑やかな足音が近づいてきた。
「こんばんわーっ! ミナちゃん、コウさん! またまた遊びに来たよ」
「今夜は渾身のラーメンを頂きにきた」
暖簾をくぐってきたのは陽菜と先日ハバネロミートボールで復活を遂げたガンズである。
「陽菜さん、ガンズさん! いらっしゃいませ! ちょうど新しいトッピングが完成したところなんです! 是非、食べていってください!」
ミナが弾けるような笑顔で二人をカウンター席へ促した。この屋台は状況に応じて席数を増やせるので、イベントごとでもない限り、待ち時間に悩まされることはない。異世界の魔導具はやはり便利だ。
「はいよ、お待ち! 特製家系ラーメン二つです」
コウが差し出したどんぶりには、濃厚な豚骨醤油スープに極太麺が踊り、香ばしいチャーシューとほうれん草、海苔、そして新開発された塩半熟卵と味玉が堂々と鎮座していた。
「わあ、相変わらずスープのいい香り! 色違いの玉子が二つ乗ってるんだね。いただきまーす!」
陽菜がレンゲでスープを味わい、麺をすすった後、半分に割られた味玉を口へ運んだ。
「――――あっ!」
陽菜の手がぴたりと止まる。
「ミナちゃん! 玉子の味、変わってる! 白身までしっかり旨味が染み込んでいるのに、黄身がすっごく濃厚でとろとろ! スープに負けるどころか美味しさを引き立ててるよ!」
「気づいてくれましたか! 白身のぷりぷり感を保ちながら黄身まで旨味を浸透させる漬け込み時間を突き詰めたんです!」
コウが誇らしげに胸を張る。
「ほう、楽しみだな」
ガンズも豪快に薄塩半熟卵をまるごと一口で頬張った。もぐもぐと咀嚼したあと、麺を啜り、ごくんと飲み込んでしまう。
「おおおおおっ!」
ガーンズの目が見開かれた。
「な、なんだこの卵はっ! 噛んだ瞬間に絶妙な塩気が弾け、中から濃密な黄身がとろりと溢れ出して麺と絡み合う。濃厚な家系スープの濃さにまったく負けていないどころか完璧な調和を奏でているぞ!」
ガンズはどんぶりを抱え込み、猛烈な勢いで麺とスープ、そして味玉を交互に喰らい尽くしていく。
「美味い……美味過ぎる! 騎士団の食堂でも母国でも味わったことのない……こんなに美味い玉子は生まれて初めて食べたぞ!」
「ふふっ、大成功みたいだね」
「ああ、頑張って研究した甲斐があったよ」
手を取り合って喜ぶミナとコウの姿を陽菜は温かい眼差しで見つめていた。
「これなら屋台の名物トッピング間違いなしだね! お父さんにも早く食べさせてあげなくっちゃ!」
「その前に俺の分をもう一個ずつトッピングしてくれ。この玉子なら何個でも食えるぞ」
ガンズが大絶賛しながらどんぶりを差し出し、屋台には弾けるような笑い声が響き渡った。
悪戦苦闘の末に掴み取った黄金色の小さな奇跡。ミナとコウの成長を乗せて、今夜も小さな屋台の灯火は、街の片隅で温かく輝き続けるのだった。




