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87 争いを溶かす黄金の輝きと丸鶏

 バサバサバサッ、コッコッコッ!


「お父さん……これ……どうするの?」

「俺に聞くな。エルザの奴、一体なにを考えてやがるんだ?」


 朝一番で騎士隊からテトラ・アコードに運び込まれたのは、巨大な籠に入った大量の鶏に酷似した異世界の鳥類だった。店内は放し飼いの養鶏場状態である。あまりの数に大吾と陽菜は厨房で呆然としていた。すると二階から下りてきた結衣が険しい表情を浮かべる。


「これは一体どういう状況なんですか?」

「見ての通りだ」

「騎士隊から大量の鶏もどきが送られて来たんだよ!」

「わからないけどわかりました。分析します」


 結衣は蒼い眼鏡の位置を直すと、光の円盤を浮かべながら鳥の生体成分を測り始めた。


「タンパク質の結晶度、皮下脂肪の融点、筋肉繊維の密度――いずれも地球の高級銘柄鶏を凌駕する極上品ね。身が非常に締まっているため、切り分けるより丸ごと火を通すのが最適解。そうね、丸鶏の焼き物として提供するのが一番ですね。産地を聞かれたときの対処はお父さんにお任せします」

「俺?」

「当然です。個人的には異世界産とあらかじめ明記しておくことを推奨します」

「なんだよ、驚かすよな。すでに対策できてるじゃねえかよ」


 ほっと胸を撫で下ろした大吾は、改めて鶏の扱いについて考える。


「丸鶏か……なら腹にニンニクとハーブ、香味野菜を詰め込んで、じっくり串刺しロースターで焼き上げてやる」


 大吾の職人魂に火がついた。皮目にバターと塩胡椒を塗り込み、特製の仕掛けでゆっくりと回転させながら強火で炙る。余分な脂が滴り落ちて皮がパリッと香ばしい黄金色に焼き上がっていく。


「だから言ったろ! 迷宮の三層目はお前ら前衛が強引に突っ込むから前線が崩れたんだ!」

「はっ、なに言ってやがる! 後衛の魔法の着弾が遅いから俺たちが囲まれたんだろうが!」


 夕刻、店内に雪崩れ込んできたのは、顔を真っ赤にして怒鳴り合う、二組の合同冒険者パーティーだった。戦闘方針や連携のミスを巡り、お互い譲らず険悪なムード。店内の客たちも息を飲んで静まり返ってしまう。


「ちょっとちょっと、店内に喧嘩を持ち込まないでもらえるかな」と陽菜が言いかけたその時――


 ジュワァァァァァッ!


 厨房から溢れ出たのは、焼きたての丸鶏から漂う、鼻を突き抜けるほど香ばしい脂肪とガーリック、ハーブの暴力的なまでの芳醇な匂いだった。


「…………」


 ぴたりと罵り合いが止まる。冒険者たちの胃袋が同時にぐうっと盛大に鳴り響いた。


「今のは?」

「丸鳥じゃないかな。お値打ち価格だよ」

「それじゃあ、それを二つ。あと生を――三つ追加で!」

「はーい、かしこまりました!」


 陽菜は元気よく注文を受ける。生ビールを提供したしばらくあと――


「お待ち。本日の特別メニュー特製丸鶏のハーブローストだ」


 大吾がテーブルの中央にどすんと置いたのは、香ばしい黄金色に輝く丸鶏が丸ごと一羽、肉汁の海に鎮座した圧巻の一皿だった。


「な、なんだこのでかい鳥は? 表面の皮がパリッパリに張っていて、肉汁が溢れ出しているぞ!」


 リーダー格の男が息を飲む。


「おい、戦術の決着がつかないなら――いっそこの美味そうな丸鶏をどっちのパーティーが多く食えるかで勝負だ!」

「望むところだ! 負けた方が今日の酒代を全額奢りだからな!」

「戦術の選択について決定権を得られるとかじゃないのかよ!」


 いつの間にか戦闘方針の争いは、どちらが丸鶏を多く食べれるかという大食い勝負へとすり替わっていた。6人は手掴みで熱々の丸鶏(切り分けられた)へと襲いかかる。


 バリッ、ジュワァッ!


「う、美味あああああいっ!」

「皮がパリッパリで香ばしい! 噛み千切ると中からしっとり柔らかい肉汁と、ニンニクの強烈な旨味が爆発して押し寄せてくるっ!」

「胸肉なのにまったくパサついてないぞ! モモ肉はぷりっぷりで肉汁が止まらない! 骨の周りの一番美味い肉まで、しゃぶり尽くさずにはいられないっ!」

「お前はなんでも美味い美味いって食べるだけだろうが!」

「今はそれが正義だろ! 黙って食え!」


 最初は争うようにがつがつと食らいついていた6人だったが、二羽目、三羽目と大吾が焼きたての丸鶏を運んでくるうちに異変が起き始めた。


 もぐもぐ。


「なあ、お前。確かに前衛の俺が焦って突っ込み過ぎたな。すまん」

「いや、俺も詠唱のタイミングが遅れたのは自覚してる。悪かったよ」

「このモモ肉、美味いな」

「ああ、胸肉のハーブの効き具合も最高だ」

「結局、美味しいものを食べたら仲直りしちゃうんですね」

「だから言っただろ? 仲裁するより飯を食おうってさ」

「うちらの様式美みたいなものだからね」

「余計なこと言ってないでさっさと食え!」


 熱々の肉汁を口いっぱいに放り込み、黄金色の皮をバリバリと噛み砕くうちに、怒りや意地などどうでもよくなっていく。旨いものを心ゆくまで胃袋に収める幸福感が、彼らの棘立った心を優しく溶かしていったのだ。


「ふううううう……食った、食った」


 テーブルの上には見事にしゃぶり尽くされた骨の山。6人の冒険者たちは腹をパンパンに膨らませ、満足そうに椅子へ深々と背をもたれかけさせていた。


「結局……どっちが勝ったんだっけ?」

「もう……どっちでもよくねえか? 美味かったことしか覚えてない」


 顔を見合わせ、思わず、どっと爆笑が巻き起こる。さっきまでの殺伐とした雰囲気は綺麗さっぱり消え去り、そこには同じ極上の料理を食らい尽くした仲間の絆だけが残っていた。


 結衣は蒼い眼鏡の位置を直した。


「良質なタンパク質と脂質による脳内エンドルフィンの分泌。大食いによる副交感神経の優位化。完璧な和解のシナリオですね」

「喧嘩の後の一杯と肉は、やっぱり美味いんだろうな。店内で暴れられなくて助かったぜ」


 大吾は満足そうに腕を組む。


 大団円を迎えた店内に、温かな笑い声が響き渡る。エルザから届けられたたくさんの鶏たちは、今夜テトラ・アコードで最高のご馳走となり、人々の心を一つに繋ぎ止めたのだった。

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