79 氷魔法の奇跡と極上のプレミアムアイス
深夜のテトラ・アコード。
いつもならとっくに仕込みを終えている時間帯にもかかわらず、理恵は一人厨房で頭を悩ませていた。
「ううん……どうしても上手くいかないなあ」
理恵が取り組んでいたのはデパ地下や贈答品で扱われるような最高級カップアイスの開発だった。生クリームや卵黄、バニラビーンズにはとことんこだわり、贅沢な味わいを目指している。本来なら非常に高価になってしまう品だが、魔導具(瞬間冷却ができる魔導冷凍庫)が存在するテトラなら、電気代や設備投資のコストを抑えて比較的安価で提供できるはず――そう踏んでいたのだ。
しかし現実は甘くなかった。
どれだけ高級な素材を使っても凍らせる過程でどうしても表面や内側に微細な氷のシャリシャリ感が残ってしまうのだ。なめらかで濃厚な極上の口どけには程遠い。
「砂糖の量を増やせばなめらかにはなるけど、甘過ぎて素材の味が死んでしまうのよね」
溜息を吐く理恵の元へ――コンコンコンッとノックの音が転がり込んでくる。おそらく夜間の警備を終えた若い女騎士だろう。
「こんばんは、理恵さん。ふう、今夜は少し冷えますね」
入ってきたのは最近テトラの常連になった若い女騎士だった。長時間の見張りを終えて少し疲れた様子でカウンターに腰を下ろす。
「お疲れ様。なにか温かいスープでも淹れましょうか?」
「あ、はい。あ、でもその前に理恵さんが手に持っているそれって……アイスですか?」
女騎士の視線は理恵が試作していたカップアイスに注がれていた。
「ええ、新しいメニューの試作なんです。なかなか思っているようななめらかな食感にならなくて困ってるのよ」
理恵が苦笑いしながら経緯を説明すると、女騎士は不思議そうに首を傾げた。
「なめらかな食感……ですか? 異世界の氷魔法や魔導具って一瞬で凍らせる瞬間急速冷凍がほとんどですよね? でも氷の魔法を使うとき私たちが一番気を付けるのって魔法をかける速度なんです」
「魔法をかける速度?」
「はい。一瞬でかちこちに凍らせると、中の水分が塊になっちゃうんです。だから繊細な氷の彫刻を作るときなんかは、魔力を細かく微振動させながら、ゆっくりじっくり冷やしていくんですよ。そうすると氷の粒子がすごく細かくなって、シルクみたいにさらさらになるんです」
――――っ!
理恵の頭の中に雷が落ちたような衝撃が走る。
(そうか……魔導具のパワーが強過ぎて急速に凍り過ぎるから氷の結晶ができてしまうのね。凍らせる工程で空気を含ませながら絶えず攪拌し、じっくり冷やすのがアイスの基本なのに、魔導具に頼り過ぎて一番大切な工程を急いでしまっていたのね)
「ありがとう! すごく大きなヒントをもらったわ!」
理恵は早速、魔導冷凍庫の出力調整ダイヤルを極小に絞り、魔力を微振動させるモードに切り替えた。厳選した牛乳、北海道産の純生クリーム、新鮮な卵黄、贅沢に使用したマダガスカル産バニラビーンズ。それらをじっくりと空気を含ませながら、微細な振動とともに冷やし込んでいく。
完成したカップアイスが仕上がる。スプーンを差し込むと、カチコチではなく、吸い付くようにすーっと入っていく。一口食べて理恵はうんうんと満足顔で頷く。
「スープで温まってもらったばかりのところ申し訳ないんだけど――カップアイスの試食お願いしてもいいかな?」
「えっ、いいんですか?」
「どうぞ召し上がってください!」
女騎士は渡されたスプーンで出来立てのプレミアムバニラアイスを掬い口へと運んだ。
――パクリッ。
女騎士の頬が一瞬でぽっと赤く染まった。
「な、なにこれっ! 雲を食べているみたいにふわっとしていて舌の上ですーっと溶けていく。それなのに濃厚なミルクとバニラの甘みが口いっぱいに広がるっ!」
「シャリシャリ感、なくなっていますか?」
「全然ありません! むしろ今まで食べたどんな高級氷菓よりなめらかで美味しいです」
「アイス詳しいの?」
「大魔導士の祖母の大好物で、献上品の一部をもらってたんです。高級氷菓なんて私には手が出ませんからね。うんちくや製造方法も叩き込まれたものですよ」
言いながら女騎士はうっとりと瞳を閉じて一口一口を愛おしそうに味わった。
「ふふふ、このクオリティを安価で出せたら若い騎士たちやミナちゃんたちにも気軽に食べてもらえそうね」
「はい! これが安く食べられるなんて……毎日通っちゃいそうです!」
女騎士は照れ臭そうに笑う。奥から顔を出した結衣が蒼い眼鏡の位置をと直した。
「氷結晶の微小化成功による極上のテクスチャ――高級デパ地下品質の完全再現ですね」
異世界の魔術の知識と日本の職人技が織りなした奇跡の口どけ。甘く冷たい極上の一杯を胸に、今夜もテトラ・アコードは温かな笑顔に包まれていたのだった。




