78 揚げたてを一本お好みで! 選べる串かつ
――ジューッ、パチパチパチ。
テトラ・アコードの厨房から、香ばしい油の匂いと軽快な音が響いていた。今夜のカウンターには、ミナ、コウ、陽菜、理恵の四人が並んで座っている。テーブルの上には下ごしらえされた多種多様な食材がずらりと盛られたバットが並べられていた。
豚ヒレに玉ねぎ、椎茸、トマト、山芋、ハムカツ、レンコン、海老、キス、うずらの卵、アスパラガス、紅生姜、そして大ざっぱに切ったチーズやウインナーまで。
「よし! 今夜は試食会だ。そこのバットから好きな具材を選んでくれ。俺が目の前で揚げて熱々を食べさせてやる。その場で衣をつけて揚げるスタイルの串かつだ」
大吾はからりと揚げる衣の入ったボウルとパン粉のバットを前に力強く宣言する。
「お父さん、注文を受けてからその場で揚げるの? 楽しそう!」
陽菜は目を輝かせる。
「ああ。だが今回はただの試食会じゃない。注文が重なったときに俺がパニックを起こさず対応できるかの実験でもある。そしてな」
大吾は一瞬、隣で身を乗り出しているミナとコウに鋭い視線を向けた。
「ミナ、コウ。お前たち二人にも今夜でしっかりと揚げ方を覚えてもらいたい。これが上手くいけば、ミナの屋台で串かつも新メニューとして出せるようになるからな」
「えっ! 屋台で串かつを?」
ミナが驚いて琥珀色の耳をぴくっと動かすと、コウも「本当ですか大吾さん?」と驚きの表情を隠さない。
「おう。屋台の狭いスペースでも衣をつけて揚げるだけなら手際次第で回転させられる。だからこそ今夜は揚げる手順と温度の感覚、そして客の注文を捌くリズムを盗んでいけ!」
「それじゃあ大吾さん、私から! 豚ロースと玉ねぎ、あと紅生姜!」
ミナが素早く串を三本示した。
「よしきた! コウ、よく見ておけ。バッター液は付け過ぎず、パン粉は優しく手で叩くように付ける。油に落としたら音が低く重い音から軽やかな高音に変わる瞬間を見極めるんだ」
――バシャー、ジューッ!
大吾の手は流れるように無駄がない。衣をつけ、油へ投入し、油を切る。
「お待ち、豚ロースと玉ねぎ! 秘伝の特製ソースはバットに溜めてあるからな。二度漬けは絶対禁止だぞ! 足りないときはキャベツでソースを掬ってかけるんだ!」
「はーい、いただきまーす!」
ミナは揚げたての豚ロースをソースにどっぷり浸して豪快にかぶりつく。
――サクッ!
「んんんっ! 衣がサックサクで中のお肉がジュワッとジューシーッ! 甘めのソースと豚肉の脂が合わさって最高に美味しいです!」
「次は私! 海老とうずらの卵、あとアスパラガスをお願い!」
陽菜が楽しそうに串を指し示す。
「私もいいかしら? レンコンとチーズと椎茸とトマトと豚ロースをお願いするわね」
「俺も注文お願いします! 山芋とキスと豚ロースとウインナーッ!」
理恵とコウも食べたい串を示していく。陽菜とミナは追加注文を始めた。
「トマト、椎茸、キス、追加でお願い!」
「豚ヒレ、チーズ、アスパラガス、でお願いします!」
「おいおい、一気に頼むな。いや、これくらい捌けないようじゃ話にならないな。海老、うずら、アスパラ、レンコン、チーズ、豚、ウインナー、キス……よし、全部任せろ!」
大吾の額に汗が浮かぶ。油の温度を落とさないよう火加減を調整し、揚げ時間の違う具材の引き上げタイミングを頭の中で計算する。豚肉・ウインナーはしっかり火を通しつつジューシーさを残す。チーズは溶け出さないよう、高めの温度でさっと表面を固める。アスパラ・レンコンは食感を残すため揚げ過ぎに注意する。
――パチパチパチ!
「はい、海老とアスパラ! チーズは熱いから気をつけてな! レンコンとウインナーも上がりだ! 次から次に揚げていくぞ!」
理恵はソースにくぐらせたレンコンをさくりと噛む。食感に納得したのか頬が綻ぶ。
「あはは、豚ヒレはキャベツと一緒に食べるのもいいんだよね? レンコンの歯ごたえが最高! チーズもとろりと伸びて美味しい!」
陽菜も大満足だ。
「おい、ミナ、コウ! 食べて感触を確かめるのも大事だが手元も見ろ! 油の気泡が小さくなって揚がり際に油から引き揚げたときの手応えの軽さを感覚で覚えるんだ!」
大吾の説明にミナとコウは「はいっ!」と身を乗り出して鍋の中を凝視する。
「なるほど。具材によって油に入れる順番を変えて、揚がるタイミングを揃えているんですね」
コウは感心したように呟く。
「油の音も変わってきた! 具材の水分が抜けていく音が高くて軽い音になったときが引き揚げ時――」
ミナも真剣な眼差しで目に焼き付けるように観察していた。
「よし、後半戦はお前たちにも揚げてもらうぞ! 陽菜、理恵、容赦なく注文してやってくれ! もちろん俺も食べる側に回るからな」
「ええっ! 私たちも揚げる?」と焦るミナ。
「よし……やってやるぞ!」と腕まくりをするコウ。
陽菜と理恵が「じゃあ、紅生姜とレンコン!」「豚ロースとアスパラ追加でお願いしますね」と楽しそうに串を示した。大吾も五串ほど頼んでいる。試作会は一段と賑やかな熱気に包まれていった。
「はあ……お腹いっぱい! 揚げたてをその場で選んで食べるのすごく楽しかった!」
陽菜はお腹を擦りながら笑う。
「大吾さん、ありがとうございました! 揚げ方のコツ、なんとなく掴めた気がします。これなら屋台でもいけそうです!」
ミナは満足そうに琥珀色の尾をふりふりと揺らした。
「ああ、注文の捌き方も筋がいい。これならミナの屋台でサクサク串かつを出しても大盛況間違いなしだな。まあ、当面はラーメンか串かつどちらかの提供になるだろうけどさ」
大吾は汗を拭いながら満足げな顔をする。理恵は優しく微笑む。
「ふふふ、今度はミナちゃんの屋台で私たちが客として注文しに行かなくちゃね」
カウンターの上に積まれた串の山と、どこか誇らしげな二人の見習い揚げ手。香ばしい油の匂いと温かな笑い声に包まれながら、テトラ・アコードの夜は賑やかに更けていくのだった。




