69 鉄板の煙と福岡のソウルフード
――カラン、カラン。
店先でラーメン屋台を営んでいる獣人のミナと若手麺職人のコウの二人組が珍しくテトラ・アコードを訪ねていた。
「大吾さん、すみません! ちょっと相談に乗ってもらいたくて」
ミナは琥珀色のふさふさな耳をぴくぴくと動かしながら頭を下げる。コウも少し照れくさそうに首の後ろを掻いた。
「俺たち、普段は家系だの豚骨だのラーメンばっかり研究してるだろ? たまには麺以外のがつんと米が進むような肉と野菜の鉄板料理を勉強したいと考えているんだ。それで大吾さんの知恵を借りに来たんです」
「ほう、ラーメン以外の研究ね。いい心がけだ」
厨房で包丁を研いでいた大吾がにやりと笑う。
「それなら俺が福岡のソウルフードを教えてやる。お品書きなんて野暮なものはなくてな、客が選ぶのは鉄板焼きの量とライスのサイズだけっていう潔い名店の品だ」
「お品書きがない?」
ミナは目を丸くする。
「ああ。メニューは実質一種類。豚のサガリ肉と大量のキャベツをニンニクと油で豪快に炒める。だがな、これには食い方に絶対の秘訣があるんだ」
「そんな名店の味を教えて頂けるんですか?」
「馬鹿、あくまで俺流の作り方を教えるだけだ」
大吾は熱々の鉄板を仕込み、仕入れたての豚肉と、ざく切りにした山盛りのキャベツを投入した。強火の鉄板で山盛りのキャベツをしんなりしつつ、シャキシャキ感を残す絶妙な火加減で炒め上げる。大量ニンニクの強烈な香りが店内に充満し始めた。
食べ方の秘訣。
ジュージューと音を立てる鉄板の片側に木の棒を差し込み、あえて鉄板を斜めに傾ける。傾いた下側に肉汁とニンニクオイルが溜まっていく。溜まった熱々のオイルに大吾特製の辛味噌を溶かして完成するのが極上ダレだ。肉とキャベツをその特製ダレにどっぷり浸してご飯へとバウンドさせる。
「鉄板焼きの大とライスの大だ!」
――ジュゥゥゥゥゥッ!
豪快な煙と香ばしいニンニクの香気を撒き散らしながら目の前に置かれた鉄板焼き。
「な、なにこの香りはっ! 息を吸うだけでお腹が空いてくるよ!」
ミナの尻尾が狂ったようにパタパタと振られる。言われた通り鉄板の片下に木の棒を挟んで傾け、溜まったオイルに赤い辛味噌を溶かすコウ。そしてタレをたっぷり纏わせた肉とキャベツを口へ放り込んだ。
「う、うんまぁ――――――――――っ!」
コウは思わず目を剥いた。
「なんだこれ! キャベツの甘みと豚肉の脂、そこにがつんと効いたニンニクと辛味噌のパンチがヤバ過ぎ! 噛む度に溢れる肉汁とオイルが、白米を強烈に呼び寄せるぞ!」
コウはマンガ盛りみたいな大盛りライスを豪快に口へかき込む。
「んむ! んむ! 美味い! 止まらん!」
「私もいただきますっ!」
ミナもはふはふとキャベツと肉を口に運んで目を輝かせた。
「キャベツが甘い! お肉がジューシー! 辛味噌を溶かしたオイルに浸すと、キャベツがご馳走になっちゃうんだ! ご飯が何杯あっても足りないよっ!」
カウンターの端で結衣は蒼い眼鏡の位置を直した。
「キャベツのアリシン受容体刺激、および油脂とアリシンの相乗効果による多幸感増幅。単純にして計算し尽くされた白米消費促進兵器ですね」
あっという間に山盛りの鉄板焼きと大盛りライスを平らげた二人。コウが満足そうに腹を擦りながら感極まった声を上げる。
「ふう……すごかった! ラーメンのトッピングやサイドメニューの炒め物の概念が変わりました!」
「うん! この木を挟んでオイルに辛味噌を溶かすアイデアすご過ぎるよ! 異世界の肉料理にも絶対応用できる!」
「気に入ったならなによりだ。ラーメンの仕込みに時間を費やすのもいいが、こういうシンプルで一番米が進む味ってのを覚えておくと料理の幅が広がるぞ」
ミナとコウは「勉強になりました!」と嬉しそうに頷いた。
ラーメンに留まらない食への探求心。熱々の鉄板が奏でる香ばしい煙とともに、若い職人たちの情熱がどこまでも広がっていく夜のテトラ・アコードだった。




