68 二刀流の麺場とクールな彼女の悲鳴
「ミナ、エルザの配下の騎士たち、また監視任務の合間に駆け込んできそうなんだろ? 休みなしで時間がない連中には、じっくり食べてもらう家系より一気に手早く流し込める博多豚骨のバリカタ・替え玉スタイルが一番響くはずだ」
コウの提案にミナは「なにそれ!」とふさふさの耳をぴんと立てた。コウはスマートフォンで大まかな情報を伝える。
「なるほど極細麺のバリカタなら茹で時間も数十秒! 替え玉も秒で出せますね! それでいきましょう!」
しかし――いざ告知を出してみると「あの濃厚ながっつり家系も捨てがたい」「ほうれん草と海苔をスープに浸して米と食いたいんだ」という常連騎士たちからの熱烈なリクエストが殺到してしまう。
結局、博多豚骨と家系ラーメンの二刀流提供という超変則営業が決まったのだった。
「仕込みはミナと俺でなんとでもなるけど、営業中の怒濤のオーダーと麺の硬さ管理、さらに接客を加えると二人じゃ絶対にパンクする」
「だったらどうしよう?」
「俺に考えがある」
困り果てたコウが頼んだのは、地元の幼馴染である凛音だった。普段は黒髪ロングの静かな佇まいで、学生時代は「高嶺の華」や「クールビューティー」と噂された凛音。しかし密かにコウへ想いを寄せる彼女は、コウからの頼み事と聞くやいなや「別に暇だし手伝ってあげてもいいけど」と二つ返事で引き受けたのだった。
だが――足を踏み入れた先は常識の通用しない異世界人の訪れるラーメン屋台だった。
「ちょっとコウ、ここ本当にあなたの修行先なのって――きゃああああああああああっ!」
目の前にいたミナとバチッと目が合った凛音は喉が千切れるほどの悲鳴を上げた。
「な、なななななにその耳? 尻尾? リアル過ぎるっていうか動いてる! えっ、喋った? 怪物?」
「ええっ、酷いです! 怪物じゃないですよ! ただの獣人のミナです!」
さらに屋台外からは鉄の甲冑をガチャガチャと鳴らし、ぎろりといかつい目を光らせた大柄の騎士たちが大挙して押し寄せてくる。
「ひっ! まさか本物の騎士? 剣持ってる! 槍持ってる! コウ、私どこに来ちゃったのおおおおおおおおおおっ!」
「静かにしろ凛音。ほら、注文取るぞ! こっちは豚骨バリカタ、あっちは家系固め濃いめだ」
普段の冷静沈着な姿はどこへやら、店先を右往左往しながら「ひいいいいいっ!」と悲鳴を上げながら「替え玉バリカタ入りました!」と半泣きで接客をこなす凛音。
ともかく営業が始まれば怒濤の戦場だ。
ミナの超絶怒濤の茹で上げと、コウの無駄のないスープ張りの連携。そして騎士たちが「美味い! バリカタの喉越しがたまらん!」とか「やっぱり家系の濃厚スープと海苔は最高だ!」と笑顔で麺を啜り、替え玉を三杯、四杯とおかわりしていく熱気に包まれるうち、凛音の手際も次第に様になっていった。
夜の営業が見事に終了し、暖簾が仕舞われた屋台。
「ふう……死ぬかと思った」
凛音はカウンターに突伏して肩で息をする。
「凛音さん、お疲れ様です! 凛音さんの接客、すごく手際が良くて助かりました!」
ミナが冷たい麦茶を差し出す。最初は怯えていた凛音だったが、一生懸命で素直なミナの優しさに触れ、少しずつ強張っていた表情が解けていく。
「ありがとう、ミナちゃん。最初は驚いて悲鳴上げちゃってごめんね。耳……すごくふわふわで可愛いね」
「えへへ、触ってみますか?」
「えっ、いいの? うわ、本物だあ……すごい」
すっかり打ち解けた二人の前に、コウが熱々のどんぶりを二つ差し出した。
「お疲れ様。まかないの特製博多豚骨ラーメンだ。替玉も無限に茹でてやるよ」
「もう、乱暴なんだから――」と文句を言いつつも、凛音は白濁した豚骨スープをレンゲで一口啜った。
――――っ!
「んんんっ! なにこれ? 臭みが全然なくて、すっごく濃厚でクリーミーね」
極細のバリカタ麺がつるつると喉を滑り落ち、コシのある歯ごたえと豚骨のコクが口いっぱいに広がる。
「美味しい! コウ、こんなにすごいラーメン作れるようになったんだ?」
「でしょーっ! コウさんのラーメン、本当にすごいんですよ!」
ミナも嬉しそうに麺を啜り、そこから二人の女子トークに火がついた。
「ねえミナちゃん、コウって普段屋台でどんな感じなの? 昔から不愛想だったからさ」
「えっ、コウさんですか? すごくストイックで頼りになりますよ! でもたまに素直じゃなくて――」
「わかるーっ! 幼馴染の私にもそうなの!」
「おい、目の前で俺の悪口言うのやめろ」
顔を赤くするコウを余所に、楽しそうに笑い合う凛音とミナ。異世界のカルチャーショックと悲鳴から始まった一日。しかし最後は熱々の豚骨ラーメンと弾む会話が、二人の少女の距離を心地よく縮めていくのだった。




