65 四色四辛と地獄の完食麻婆豆腐
「今日は特別メニューだ。麻婆豆腐一本でいくぞ。専門店みたいに辛さを自由に選べるシステムだ」
大吾が厨房から出してきた看板には【小辛・中辛・大辛・激辛・超辛】の文字が躍っていた。この日、カウンターに並んだのはミナ、ミレイ、エルザの三人。異世界の女子会さながらの賑やかさの中、それぞれの好みに合わせた麻婆豆腐が運ばれていく。
「私、獣人だから刺激に強そうに見えるけど……まずは安全に中辛で!」
ミナはふさふさの耳をぴんと立てて一口。
「美味しい! 豆板醤のコクと豚骨出汁が効いてて痺れる花椒が絶妙! 御飯が止まらない」
「私は魔法の修業で炎の元素には慣れているわ。大辛にするわね」
ミレイは豪快に一口。
「――――っ! スパイシーッ! でも辛いだけじゃなくて旨味の深みがすごいの。カレーうどんのときみたいに脳にがつんと刺激が来る」
「騎士として引くわけにはいかん! 私は激辛を所望する」
エルザは気合いを入れて一口。
「くっ……舌が熱い! まるで炎の精霊と剣を交えているようだ! だが、この痺れるような麻薬的な美味さに私は屈してしまう」
三人がそれぞれの辛さに一喜一憂し、はひはひと汗をかきながら盛り上がっている――その時だった。
「陽菜、お前には味見役としてこれだ」
「わあ、ありがとう! 私の分も作ってくれたんだ?」
大吾がしれっと陽菜の前に置いたのは、見た目からして禍々しい、深紅を超えて漆黒の餡がドロリと注がれた超辛だった。なにも知らずに陽菜はレンゲでたっぷりと掬って口に運ぶ。
――パクッ!
「………………」
一瞬の静寂ののち店内に陽菜の絶叫が響き渡った。
「ぎゃああああああああああっ! か、辛い! 辛いっていうか痛い! お父さんなに入れたのこれえええええっ! 舌が火事! 舌が爆発してるーっ!」
涙目どころかボロボロと大粒の涙を流しながらバタバタと暴れる陽菜。
「味見役なら激辛の限界値を知っておかないと駄目だろ?」
「そういう問題じゃないよお父さん! 水! 水水水水水水水水水水ーっ!」
「陽菜の体温が一時的に1.5度上昇。完全にカプサイシンの過剰投与ですね」
結衣は蒼い眼鏡を光らせながら冷たい牛乳を差し出した。涙を拭いながら牛乳をがぶ飲みする陽菜だったが、ふと皿に残った黒赤色の麻婆豆腐を見つめてしまう。
「うう……すごく辛くて痛かったのに……なんでだろう……また一口食べたくなる」
その言葉にミナ、ミレイ、エルザが顔を見合わせる。
「ねえ、そんなに凄いの? その超辛」
「私の大辛でもかなりの威力だったけど?」
「陽菜をそこまで泣かせる悪魔の料理、騎士として見過ごすわけにはいかないな」
「よーし! 四人で力を合わせて、この超辛を完食しよう!」
陽菜の呼びかけに三人が「おーっ!」と拳を突き上げた。
「レンゲ四本、戦闘開始!」
四人はそれぞれレンゲを取り、地獄の麻婆豆腐へと突撃した。
「辛あああああいっ! でも白米と一緒に食べると甘みで和らぐ!」
「魔法の冷やし水を挟みながらならいけるわ」
「くっ……汗が止まらん! だが、この一体感……悪くない!」
「みんなで食べると、なんだか楽しくなってきたよ!」
はひはひと息を吐き、汗を流し、水をがぶがぶ飲みながら四人は笑顔でレンゲを動かし続けた。そして十分後――器の中には一粒の挽肉も、一滴のタレも残っていなかった。
「ふう……勝った!」
「やりきったわね!」
「当然の結果だ」
「やったーっ!」
汗だくになりながら口を拭う四人。その顔には過酷な激辛に立ち向かい、共に乗り越えた者同士の爽やかな達成感が満ちあふれていた。




