55 鉄兜の旋律と北の大地のジンギスカン
「おう、大吾! 鍛冶場の奥に転がってた鉄くずを叩き直して、変わった形の新型鉄鍋を作ってみたんだ! 鍋の下から兜を突き上げたみたいな形で、なんと中央が山みたいに出っ張ってる。なにに使えるかはわからんが、お前なら面白い料理を作ると思ってな!」
ある日の午後、ドワーフの鍛冶師バルドがテトラ・アコードの厨房にどかんと置いたのは、中央がドーム状に盛り上がり、全体に溝が刻まれた重厚な鋳鉄製の鍋――どう見てもジンギスカン鍋だった。
「バルド……お前これなんの鍋だか知らねえで叩き上げたのか?」
大吾が呆れつつも感心して触れると、バルドはがははと髭を揺らして笑った。
「おうよ! なんとなく脂が溝に流れるよう掘ってみただけだ。なんの料理に使えるかわからんが、まあ機会があれば使ってみてくれ!」
「へっ、上等だ。この鍋の形じゃなきゃ作れねえ――最高の肉料理がある。後日、仕込みを終えたらご馳走してやるよ。楽しみに待ってな」
数日後の夜。
約束通り店にやってきたバルドと、厨房で手伝いを終えた陽菜、そして結衣がテーブルを囲んでいた。中央には七輪の上で黒く光り輝くバルドのジンギスカン鍋。
「お父さん、これって……羊肉だよね? 私、ジンギスカン食べるの初めて!」
陽菜が興味津々で特製タレに漬け込まれた鮮やかな肉を見つめる。
「ああ、質の良い子羊の肩ロースだ。ラムはクセがなくて柔らかい。そしてこの鍋の形状がすべてを決める。中央のドーム部で肉を焼くと落ちた脂と肉汁が周囲の溝へ流れ落ちるんだ。そこに敷き詰めたもやしや玉ねぎが肉汁を全吸収して蒸し焼き状態になる」
「無駄が一切ない、完璧な熱流体力学構造」
結衣は蒼い眼鏡の位置を直した。
「ほう、適当に削った溝にそんな意味があったとはな!」
バルドが感心したように拳で手を叩いた。
中央のてっぺんに牛脂を置き、熱で脂を全体に行き渡らせる。鍋の裾野には、もやし、玉ねぎ、ピーマン、キャベツをどっさりと敷き詰める。強火で加熱された中央のドーム部へ、タレに漬け込んだ厚切りのラム肉を並べる。
ジュウウウウウッ!
という激しい音とともに、香ばしい醤油と生姜、リンゴの甘い香りが立ち上る。焼けた肉から溢れ出た極上の脂と肉汁が、溝を伝って下の野菜へと雪崩れ込む。しんなりとした野菜が旨味のスープで最高の炒め煮へと進化する。
「よし、焼けたぞ。熱いうちに食え!」
大吾の合図でバルドと陽菜が同時に箸を伸びした。
「いただきまーす!」
陽菜がタレをたっぷり纏った厚切りのラム肉を口に放り込む。
――――っ!
「んんんっ! 美味しい!」
陽菜の目が丸くなり、頬がぱっと華やいだ。
「羊の肉ってさ、もっとクセがあるのかなって思ってたけど全然臭みがない! すごく柔らかくて噛むとジューシーな旨味がじゅわって溢れてくる! このりんごと生姜のきいた甘辛いタレと肉の相性が抜群だよ!」
「ガハハ! どれどれ――」
バルドが大振りの肉を一口で放り込み、生ビールのジョッキを傾けた。
「う、美味い! なんだこの肉の柔らかさは! 鉄鍋の圧倒的な熱で一気に表面が焼き固められていて、旨味が全部閉じ込められておる! ん? 待てよ、この下の野菜は――」
バルドは肉汁を吸って少し焦げ目がついたもやしと玉ねぎを箸で掬い口へ運んだ。
「ぐおっ!」
バルドは髭をわしわしと揺らして叫んだ。
「なんじゃこりゃーっ! 野菜が肉より美味いと言っても過言じゃないぞ! 肉の脂とタレが野菜全体に染み込んで、シャキシャキなのにとてつもなく濃厚だ! ビールが止まらんわい!」
「でしょーっ! お父さん、この野菜と一緒に白米食べたら最高だよ!」
陽菜が茶碗を抱えて肉と野菜を御飯の上でワンバウンドさせてがっつりと掻き込む。
「ジンギスカンは肉はもちろんだけど、肉の旨味を吸った野菜を食べる料理でもあるんだよ。タレに御飯をちょっと潜らせても美味いの」
理恵が嬉しそうに解説する。
「バルドさんの心拍数および満足度指数――計測不能。本日用意したラム肉5キロ、完全に完売します」
「ただの暇つぶしで作った鉄鍋が、こんな奇跡みたいな美味さを生み出すとはなあ」
バルドは肉とビールで顔を真っ赤にしながら、空になったジンギスカン鍋を愛おしそうに見つめた。
「お前が熱の伝わり方を考えて、いい厚みで鉄を叩き上げたから出来た味だ。鍋が良いから料理が活きる。感謝するぜ、バルド」
大吾が不器用に呟くと、バルドは照れ臭そうに頭を掻いた。
「へへへっ、よーし! それなら数週間でもっと脂が綺麗に流れる最高級の新型ジンギスカン鍋を叩き上げて持ってきてやる」
「おい、そんなに何個もいらねえよ!」
「あははははははははははっ!」
大吾の呆れた突っ込みと陽菜の弾けた笑い声が、香ばしい煙の立ち上る店内にどこまでも響き渡った。
テトラ・アコード。
そこは意図せず生まれた無骨な鉄鍋さえも、職人の技と家族の愛によって、誰もが笑顔になる最高のごちそうへと昇華させてしまう、温かい調和に満ちた場所なのである。




