50 三陸沿岸の海鮮五色丼と殻付き生ウニ
いつも通り入店してカウンターの隅に腰を下ろす。ふう、今日もよく歩いた。胃袋がすっかり空っぽだ。ここらでがつんとなにか旨いもので腹を満たしたい。
黒板メニューを見上げる。この店は変化球が多いからな。ん? 海鮮五色丼――三千円。ほう、なかなか強気な値段設定だな。しかしこの腹の減り具合に五色の響きは反則だろう。
よし、勝負だ。
「すみません、海鮮五色丼を一つ」
「はーい、アレルギーはありませんか? いろいろな食材を使っていますので」
「いえ、なんでも食べれます」
しばらくして丼が運ばれてくる。お待たせしましたと置かれた一杯。うおおおおお――思わず声が出そうになった。なんだこれは? どんぶりの上が三陸の海の宝石箱になっている。マグロ、エビ、カニ、イクラ、ホタテ、ウニ、ネギトロ、白身――明らかに五色じゃない。嬉しい誤算だ。そして――んんん?
なななななんだこれは!
丼に添えられて出された小鉢に鎮座する黒い物体を凝視する。トゲトゲだ。殻付きの生ウニ! 生きているのか? 漆黒のトゲが不気味なまでに存在感を放っている。一見すると海の魔獣の卵かなにかで触れちゃいけない毒物だ。
「えーっと、これは?」
「海鮮五色丼を注文してくれた方へのサービスです。ウニが苦手でしたらドリンクかデザートに変更することもできますよ」
「いや、このままで大丈夫です」
「殻付き生ウニを見ると大抵のお客さんが声をかけてくれるからコミュニケーションが取れるんですよね。丼に乗っているウニと殻付きの生ウニ、どんな感じで違うのか食べ比べてくださいね」
なるほど、面白い試みだ。しかしサービス内容は事前に伝えてほしいな。俺の計画が完全に乱れてしまう。しかし逃げるわけにはいかない。まずはこのトゲの主からいかせてもらおう。スプーンで黄金色の身を掬って口へ運ぶ。
むっ?
目を見開く。な……なんだこれは? 口に入れた瞬間、まるで上質なクリームみたいにとろりと溶けて消えた。臭みなんて微塵もない。あるのは鼻を突き抜ける磯の香りと脳を直接揺さぶるような圧倒的な甘み。殻に残った微かな海の塩気が、その甘さを極限まで引き立てている。
毒どころか至高の蜜じゃないか? 三陸の海、恐るべしだ。よし、次は本陣へ切り込むぞ。
小皿でわさびを醤油に溶かし、丼へ円を描くように回しがける。刺身と酢飯の間に醤油の橋が架かった。ホタテを一口。甘い! ぷりっぷりで歯ごたえがたまらん。すかさず酢飯を追わせる。うん、美味い。わさびのツンとした刺激が魚の脂をキリッと引き締めてくれる。
次にカニとエビ、大物を仕留めていく。ボリュームがあって食べ応えがある。しかしここの仕入れルートはどうなっているんだ? これほど新鮮な食材を集めるとなれば瞬間移動でもしないと無理だろう。
さて、ここからが本番だ。
残しておいた殻ウニを少し温かい酢飯の上に広げる。熱でウニの脂がじわっと溶けて米一粒一粒に絡んでいく。海の幸と黄金のウニを纏った酢飯を豪快に掻き込む!
がつがつと口へ運び噛み締める。ああ……これだ、これですよ。温かい酢飯と溶けたウニが混ざり合い、口の中で濃厚な海の旨味が爆発する。まろやかで香ばしくて甘い。
これで三千円? 冗談じゃない、安いもんだ。このどんぶり一つで三陸の海をまるごと旅しているような気分だぞ。無我夢中で食べ進め、あっという間に丼が空になる。
ふう、食べた、食べた。大満足だ。
やっぱり直感を信じて正解だったな。静かにトゲを刺してくるような旨さの衝撃。ごちそうさまでした。腹を擦りながら満足げに店を後にする。
「あのお客さん、結構な常連さんなのに同じもの絶対に頼まないよね? 注文したメニュー毎回気に入らなかったのかな?」
「いやいやいや、毎回違うメニューがあるからだろ。俺自身、もう洋食店を名乗れる自信がないくらいだ。それに不味いと感じた店に何回も足を運ばないだろ?」
「だよね、安心した」
「まあ、実際のところは客にしかわからないけどな」
「お父さんにしては随分と謙虚だね」
「いや、だから俺をどういう立ち位置にしたいんだよ?」
大吾と陽菜はともに微笑む。




