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43 姫の我がままと鉄板の上の円舞曲たこ焼き

「決めた! テトラ・アコードを我がアルカディア王宮の専属厨房に任命します! 毎日の食事にあの焼きそばとサラダを出しなさい」


 プラチナブロンドの髪を揺らし、アメジストの瞳を輝かせながら、フローラ姫はカウンターをバンと叩いた。


「冗談じゃねえよ。俺はただの料理人だ。王だの姫だのの専属になる気なんてねえよ」


 大吾は腕を組み、冷徹に言い放つ。


「なんですって? ならば勝負です! 私が王宮から料理人を呼び寄せます。その者が勝てば大人しく王宮専属厨房になってもらいますわ!」


 そう言い残すとフローラ姫は店を出て行く。


「ねえ、お父さん。今日のフローラさん、すごいお嬢様口調になってなかった?」

「人に命令するときはいつもあんな感じなんだろ。そもそもレタス焼きそばとサラダなんて毎日食べたらすぐに飽きるぞ」

「さすがにあれは例え話じゃない? 王宮の専属厨房になったらいろいろ注文されるんじゃないかな? しかも大人数で押しかけて来そうだから苦労させられる予感がする」

「まあ、引き受ける気はねえけどな。料理なんてのは命令されて作るものじゃねえんだよ」

「食べた人に喜んでもらえるために作るんだもんね。お父さん、いつも言ってる」

「一度も言ったことねえよ!」


 姫の我がままから始まった、まさかの料理対決。翌日、王宮から遣わされたのはフローラと同世代の若い女性宮廷料理人カトリーナだった。


「本当に料理勝負するんだ?」

「当たり前でしょう」

「本日は胸を借りに来ました。よろしくお願いします」

「それでお題は? お互いの得意料理を披露したところで採点するのが難しいだろ」


 カトリーナがまともな人物だったからか、大吾は勝負自体を断るつもりはないようだった。


「お題はそちらで決めてくれていいわ。採点は料理人二人の判断に任せる」

「随分と曖昧だな」

「でも王宮の料理人を大挙させて採点なんてさせたらこちら側に忖度があるでしょう? それなら一対一で勝負した本人同士で勝ち負けを判断してほしいの」

「まあ、それはそうかもしれないな」


 大吾は腕を組む。


「たこ焼きなんてどうだ? 知り合いのドワーフにたこ焼きが作れそうな鉄板をもらったんだよ。穴の大きさが均一じゃねえから不揃いな形になるはずだが、焼き加減の調整で勝負できるわかりやすい方法かもしれないからな」

「たこ焼き?」


 カトリーナが疑問の声を上げる。


「こういうのだよ」


 陽菜は職人がたこ焼きを作っている動画をスマートフォンで流した。カトリーナは五分ほどの動画を食い入るように見つめる。


「この世界の料理人は誰もがこんなにも早業なのですか?」

「あー、こういう動画は大体二倍速に編集してるから実際は半分くらいの速度じゃないかな」

「なるほど、それはよかった。私にこの早業は無理だと感じましたからね」

「料理で重要なのは手際の良さだ。とにかく速く動けばいいってもんじゃねえ」

「いや、このたこ焼き職人さん二倍速じゃなくても手際いいよ?」

「確かに一連の動作に一切の無駄がありませんね。特に具材を投入する手際は目を見張るものがあります」


 カトリーナは人の話を聞く性格らしい。陽菜は別のたこ焼き職人動画を流した。


「たこ焼きって一口に言っても味は全然違うんだよ。外はカリカリで中がじゅわっとが定番かもしれないけど、私は箸じゃないと食べられないくらいとろとろのほうが好きだからね」

「とろとろ……ですか?」

「そう、爪楊枝だとでろーんってなっちゃうくらいのとろとろなんだよね」

「あれを千枚通しでパックに詰められる技術は半端じゃねえな。絶対、金魚すくい上手いぞ」

「どんな理屈よ!」

「そんなことより料理勝負!」


 痺れを切らしたフローラ姫が騒ぎ立てる。結局、対戦開始は一時間後となった。


「カトリーナさん、材料や調理具はこっちで用意したけど大丈夫?」

「ええ、調理方法は大体理解しましたからね」

「ちなみに異世界でもたこ焼きは作れそう?」

「ドワーフの鍛冶職人に専用の鉄板を発注する必要はありますが、材料に関してはすべて代替品が用意できると思います」

「へえ、異世界にもいろんな食材があるんだね。豪快な食事の印象が強くてさ」

「食文化は国によってかなり違います。陽菜さんが考えているような食事をしているところもありますが、最近の主流はこちらの世界でいう定食になりますね」

「意外!」


 陽菜の発言にフローラ姫は顔を顰める。


「ごめんなさい、悪い意味じゃないよ」

「そうじゃなくて料理勝負を早くしなさい!」


 ――カチカチカチッ!


 テトラの厨房は二つの熱気に包まれた。

 大吾はバルドから譲り受けた特製のたこ焼き鉄板を限界まで熱する。やや濃いめの出汁生地を流し込み頃合いを見て具材を投入していく。千枚通しを驚異的な速度で操り、生地を猛烈な勢いで回転させていった。仕上げに高熱のラードを鉄板の隙間に流し込み、表面を揚げるようにカリカリに焼き上げる。表面をがちっと焼き固めて中の旨味を逃がさないのが大吾流だ。


 対するカトリーナは大吾の圧倒的な技量に気圧されそうになっていた。そこへテトラの面々が静かに声をかける。


「カトリーナさん、緊張しないで!」

「お父さんに真っ向から挑むのは非合理的。水分比率を12%上げて出汁の粘性を極限まで下げてください。私が火力の調整を秒単位でナビゲートします」

「お前ら、どっちの味方だよ!」


 カトリーナの瞳に職人の火が灯る。助言を参考に大吾の千枚通しとは対照的に生地を優しく撫でるように丸めていった。火が入っているかいないかの瀬戸際、限界まで出汁を緩めたとろとろ系のたこ焼きが形を成していく。


 審査は当事者が決めるとなっていたが、当然、ここにいる参加者の前にもたこ焼きが並ぶ。フローラ姫は最初に大吾のたこ焼きを口に含む。


「――熱っ! でも美味しい! 表面がカリッと香ばしくて、噛んだ瞬間に中から旨味がじゅわっと爆発する! これぞ鉄板の覇者の味ね!」


 次いでカトリーナのとろとろたこ焼きを口に含む。箸で持ち上げるだけで形が崩れそうなほどに繊細な一玉。


「んんっ! なにこれ、溶けた! 口に入れた瞬間、生地がクリームのようにとろけて消えたわ!」


 フローラ姫のアメジストの瞳が驚きで大きく見開かれた。ほかの面々も二人のたこ焼きを実食する。陽菜も結衣もカトリーナのとろとろたこ焼きを推した。


「遅めの反抗期かよ!」

「文句は食べてから言ってくれない?」

「食べずに批判するのは料理人失格ですよ」

「わかってるよ、そんなことは」


 大吾とカトリーナはそれぞれの作ったたこ焼きを試食する。二人は顔を見合わせた。


「私の負けですね。外が城壁になっていて、中はふわとろを維持している。大吾さんの焼きの技術、今の私では逆立ちしても真似できない」


 悔しそうに微笑むカトリーナに大吾は無骨に右手を差し出した。


「他人の意見を素直に取り入れて、このとろとろを焼き切った根性は認めてやるさ。経験を積まれたら俺の負けだ」

「大吾さん、ありがとうございます!」

「仕方ありませんね。王宮専属の話は今回は見逃してあげるわ」


 フローラ姫が引き分けのような条件を提示し、結衣はそれを捕捉するように言葉を継ぎ足した。


「どちらのたこ焼きも焼き上がりの表面温度は正確に85度。口内を火傷させずに最も旨味を感じさせる黄金の方程式でしたね」

「なによりカトリーナさん応援したくなるもんね。実際、初回でこの出来ってすごくない?」

「だから言ってんだろ、たこ焼きに専念されたら数年で立派な職人になってるよ」


 ぽんっと陽菜は手を叩いた。


「異世界の人たちにたこ焼き持って帰ってあげたらどうかな? テイクアウトの王道みたいな食べ物だからね」

「それ賛成! カトリーナ、任せたわよ!」

「お父さんもよろしくね。屈強な騎士たちにはカリっじゅわが好きな人も多そう」

「無茶苦茶な理屈だな。まあ、異世界の連中には世話になってるから構わねえよ」


 二人がたこ焼きを作り始める。


「特製ソースもいいけど、塩、醤油、あとネギマヨネーズのトッピングもおすすめ!」

「いろいろな味が楽しめるのはいいですね。すべての味を持ち帰られるのですか?」

「大丈夫だよね、お父さん?」

「うちはたこ焼き屋じゃねえからな。トッピングはどうだろう?」


 ――カラン、カランッ!


「大丈夫よ、材料なら買ってきたから!」

「お母さん、どうしたのそれ?」

「お土産にするなら味変は必須かなと思ってね。いろいろと買ってきたのよ」


 理恵は大量の食材を台車に乗せて運んできている。明太子、とろけるチーズ、大根おろしとポン酢、梅肉、天かす、フライドオニオン等々、たこ焼きの味変に合いそうな食材を大量に買い込んでくれていた。


「私も異世界の人には感謝しているからね。お返しができるなら嬉しいわ」

「あら、それなら私もなにか――」


 フローラ姫は懐からハンカチを取り出した。


「これ、受け取って頂戴」

「なにかしら?」

「最高級の絹に汚れや熱を遮断する高階位の防御魔法が編み込まれたものです。生成に半世紀はかかる一品でして、私としては譲渡に不安があるのがですが?」

「いいのいいの、帰れば予備があるからね。むしろ私が恩返しをしないほうが滑稽だわ」

「本当に頂いてもいいのかしら?」


 カトリーナの言葉を聞いて理恵は申し訳なくなる。しかしフローラ姫の気持ちは変わらなかった。


「大丈夫大丈夫。正式には結界布って名称なんだけど、ダスターとして使ってもかなり優秀よ。絶対に汚れないからね」


 第一陣が焼き上がり大吾とカトリーナは第二陣に取りかかる。フローラ姫は箱詰めされた商品を台車へ載せていく。そのあと胸元から取り出したハンカチを乗せる。


「なにそれ?」

「出来立ての温度を維持できるものよ。みんなにも熱々で食べてもらいたいからね」


 大量に積み上がったたこ焼きを二人は台車で運んでいく。不思議な光景だった。


「リストに上げた連中には必ず届けてくれよ」

「問題ありません。高名な方ばかりなので届け先はすでに把握しています」

「助かるよ、たこ焼きなんて食ったことねえだろうからな」

「異世界からたこ焼きファンが押し寄せて来ても知らないからね」


 フローラ姫は陽気に微笑む。

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