41 在庫危機と女子大生の広島風レタス焼きそばパーティー
「お父さん大変! レタスの発注10個じゃなくて100個になってたみたい!」
陽菜の悲鳴が開店前のテトラ・アコードに響き渡った。厨房の入り口には農家から届いた、みずみずしく巨大なレタスの箱が文字通り山積みになっている。
「陽菜、お前って奴は――」
大吾がこめかみを押さえ絶句する。
「どう考えても計算外ね。現在の来店予測数に対してレタスの保有量は理論上の許容量を超過しているわ。このままでは72時間以内に店が傷んだレタスの森に飲み込まれることになる」
結衣が新しく新調した蒼い眼鏡の奥で無慈悲なシミュレーション結果を弾き出した。
「お姉ちゃん、ちょっとキレてるじゃん! いつもより顔も口調も怖いし!」
「えーっと金銭的な問題だけじゃなくて、大吾さんも結衣も食品ロスが嫌いだからね。あ、私もそうだ。陽菜もそうでしょう?」
「もちろんだよ。そうだ。こうなったら私、大学の友達を呼んでくる! みんな安くて美味しいものには目がないから!」
一時間後、陽菜の呼びかけに応じた女子大生たちが飢えた動物のような勢いで店になだれ込んできた。
「陽菜、広島風レタス焼き食べ放題って本当?」
「お腹ぺこぺこだよ!」
「開店何周年とかのイベントなの?」
「レタス焼きそばなんて初めてだから楽しみ!」
店内は一気に異世界客の静寂とは無縁の女子大キャンパスと化した。カウンターの隅で静かに酒を飲んでいたシオンが、柔和な笑みを浮かべながらも、その圧倒的な若さのエネルギーに少しだけ身を引く。
「大吾、さっさと作らないと暴動が起こるかもしれないよ?」
「確かに賑やかだな。よし、これだけの人数がいるなら一気に焼き上げる広島風が一番効率がいい。俺の鉄板捌き、拝ませてやるぜ」
大吾が気合を入れ直しコテを鳴らした。広島風お好み焼きの技法を応用したレタス焼きそばは、レタスのシャキシャキ感と麺の香ばしさが重なり非常に満足度の高い一品になる。
鉄板に油を引いて麺を広げる。あまり動かさず中火で片面にこんがりときつね色の焼き目がつくまで焼く。これによりソースが絡んでもベチャつかず香ばしさが引き立つ。
大吾は鉄板をフル稼働させて凄まじい音を立てて調理を開始した。目の前にはレタスマウンテンが複数築かれている。麺はラードでカリッカリに焼き上げる。これがレタスの水分を受け止めるための最強の堤防だ。
「結衣、女子大生ってのは美容意識高いのか?」
「女子大生じゃないけど美容意識高いですけどなにか?」
「顔が怖いぞ。せっかくの眼鏡が台無しだ」
「なに言ってるかわかんないんですけど?」
「とりあえず食物繊維とビタミンの摂取効率を最適化する工夫はしておくか――シオン、お前の特製マヨネーズ使わせてもらっていいか?」
「もちろん構わないよ。大吾には女子大生の好みを理解するのは難しいだろうからね」
「うるせえよ」
大吾は顔を逸らして黙り込む。すると陽菜が山のように積み上げられたレタスの上に赤いエディブルフラワーを散らす。
「レタスだけじゃ寂しいもんね。可愛くしなきゃ!」
――ジュワァァァァァッ!
コテでレタスの山を押し潰すと蒸気が店内を包み込んだ。
「お待たせ! 広島風レタス焼きそば女子大生特別仕様だよ!」
「わあ、すごいボリューム!」
「でもレタスだから実質ゼロカロリーだよね?」
女子大学生たちが一斉に箸を伸ばす。シャキシャキと奏でる音と響く笑い声。
「なにこれ、レタスが甘い!」
「麺のカリカリとレタスの瑞々しさが最高に合う!」
「大吾さん、かっこいい!」
「本当、陽菜のお父さんって職人って感じだよね!」
「私、おかわり!」
「早っ、私も負けてられない」
「いやいや、大食い大会じゃないんだからね!」
異世界の猛者たちを相手にしている大吾も、若い娘たちのストレートな称賛には勝てず、少し照れながら「食ったらさっさと帰れ」と不器用な言葉を返した。その様子をシオンが楽しそうに眺めている。
「こんなに華やかな笑顔に包まれるなんてね。たまにはこういう賑やかなアコードも悪くないんじゃないかい?」
嵐のような女子大生たちが去った後、店には再び静寂が戻ってきた。山積みだったレタスの箱は見事にすべて空になっている。
「ふう……お父さん、お疲れ様。みんな、すごく喜んでたよ」
陽菜が空になった皿を片付けながら満足げに微笑む。
「まったく……次から発注は結衣とのダブルチェックだな。しかしまあ、大量のレタスの水分を吸っても持ち堪える麺の焼き方は勉強になった」
大吾は使い終わったコテを丁寧に磨きながら窓の外の夜景を見つめた。




