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40 冬の陣ちゃんこ鍋独り場所

 腹が、減った。

 コートの襟を立て路地を曲がる。看板は相変わらず煤けているが、店から漏れ出す匂いの密度が、以前より増している気がする。


 カラン、カランッ!


「いらっしゃい。寒いな、今日は」


 店主の大吾が相変わらず岩のような腕を組んで迎えてくれる。カウンターの端には以前見かけた眼鏡のインテリが、今日は日本酒ではなく、なにやら不思議な青い果実酒を飲んでいる。その隣では金髪のエルフの少女が、熱心に出汁の蘊蓄を娘の陽菜から聞き入っている。相変わらず情報の渋滞が激しい店だ。しかし俺の視線は黒板に書かれた期間限定の四文字に釘付けになっていた。


『三種肉のちゃんこ鍋・炎鉄仕立て』


「ちゃんこ鍋なんてやってましたっけ?」

「文字通り期間限定だよ。身体を大きくしたいって客が多くてな。あとうちは締めに雑炊とうどんを両方提供するから頼み過ぎ注意だ」

「雑炊とうどん両方ですか?」

「最初はどちらか選んでもらってたんだが、途中から面倒臭くなって両方出すことにしたんだ」

「それじゃあ、これをお願いします」

「あいよ。結衣、準備頼む」


 ややあって目の前にどっしりとした鉄製の小鍋が置かれた。コンロの火が触れた瞬間、鍋の中が徐々に沸騰し始める。具材の配置が、完璧だ。暴れ牛のつくね、地鶏のぶつ切り、そして豚のバラ肉。三つの肉が土俵の上でがっぷり四つに組んでいる。


「沸騰したら具材を入れてください。まずは肉に火を通して頂いて、次に白菜の芯、長ねぎ、きのこ類、油揚げを入れます。最後に白菜の葉と豆腐を加え蓋をして具材が柔らかくなるまで5分ほど煮れば完成です」

「はい」


 冒険したい派だが、鍋は取り返しがきかないからな。基本に忠実でいこう。まずはつくねだ。おお、粗挽きの肉感が歯を押し返してくる。噛み締める度に塩が肉の旨味を引き出して口の中で弾ける。次に地鶏のぶつ切り。皮はパリッとしていた名残があり、中は驚くほどジューシーだ。鉄板で一度焼きを入れているからだろう。このひと手間が独り身の胃袋には染みる。


 締めもあるからたくさんは飲めないけどスープも頂こうか? ――――っ! 濃い。なのに透き通っている。干し椎茸と昆布の出汁に焼きの入った肉の脂が溶け込み複雑怪奇な旨味の迷宮を作っている。三種肉の三段構えに挑んでいこう。ふむ、いいぞ。鶏肉は皮目から焼き、豚肉はさっと湯通し、牛つくねは粗挽きにしてある。この食感の三層構造が飽きさせない戦術なのだろう。ちゃんこ鍋という名の多国籍軍による総攻撃だ。俺の空腹という名の魔物が一瞬で浄化されていく。


「お客様、こちら味変の柚子胡椒です。少量で味のベクトルが反転しますよ」


 結衣が完璧なタイミングで小皿を差し出す。

 味の反転? ほう、爽やかだ。冬の原宿から初夏の高原へ飛ばされたような清涼感。計算され尽くしている。千秋楽は残ったスープに娘さんが持ってきた手打ちの極太うどんと御飯を投入。本来ならうどんを食べてから雑炊なのだろうが、一つくらいは冒険しておきたいからな。スープを吸ったうどんと御飯はもはや一つの別料理だ。俺は一滴の汁も残さず完食した。


「ご馳走様でした」


 俺が呟くと店主は無骨に笑った。


「ちゃんこは大人数で囲むみたいな印象だが……独りで食う鍋ってのも悪くねえよな」


 店を出ると冷気さえも心地よい。俺の身体の中には熱と出汁が確かな武装として宿っている。よし、明日はもっと遠くまで歩けそうだ。

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