37 共同作業と究極のハンバーグ
シオンがテトラ・アコードに居着いてから一週間が経った。店の厨房はかつてない静かな熱気に包まれている。理由は簡明、二人の料理人がキッチンで議論しているからだ。
「大吾、君のハンバーグは肉の暴力で客をねじ伏せる剛の極致だ。確かに美味い。しかしそれではこの店の追求すべき調和には少しだけ欠けている気がするね」
シオンが柔和な笑みを絶やさず、けれども大吾のハンバーグレシピを冷徹に分析する。
「ふん、余計なお世話だ。俺の肉は火の力で旨味を爆発させる。お前のハチミツまみれの肉じゃあ客の胃袋は満たせねえよ」
「いつからここは大食い御用達の店になったんだい? 僕の知る限り老若男女問わず幅広い客層だと思うけどね。若い男女の団体客が多いのは娘さんの影響だろうけどさ」
「うちの上得意だもの。たくさん注文してくれるし、食べ残しもないから片付けも楽なの」
「それはお父さんとお母さんの料理が美味しいからだよ。私に忖度して店選びするような連中じゃないからね。まあ、何人かはお姉ちゃん狙いで通ってるみたいだけどさ」
「横槍を入れるな。料理の話をしているんだ」
「その料理も食べてくれる人がいてこそ輝けるんだよ。ははは、そんな顔をするなよ。大吾の言いたいことはわかってるさ、映え料理ばかり作ってるお前が言うなだろ?」
大吾が包丁を研ぎながら不機嫌そうに鼻を鳴らす。しかしその二人の間にはこれまでのような殺気はなく、職人としての敬意と好奇心が静寂の中に漂っていた。
「シオンさん、お父さんのハンバーグもっと美味しくなるのかな?」
陽菜がオーブをかざすと厨房からは焦げた鉄と蜂蜜の甘さが混ざった、複雑でしかしどこか温かい匂いが感じ取れた。二人の職人の魂が今、一つの料理に向かって共鳴し始めていたのである。
「ソースは任せたからな」
「わかってるよ、心配は無用だ」
最初にタネとなる合い挽き肉を牛7割豚3割で作る。まずは肉と塩だけで白っぽく粘りが出るまでこねていく。これにより肉のタンパク質が結びつき、肉汁を閉じ込める壁が作られる。つなぎは牛乳に浸したパン粉、卵、塩、黒胡椒、ナツメグを使う。しっかり冷やした玉ねぎをみじん切りにして炒め、完全に冷ましてから肉と混ぜ合わせていく。温かいまま入れると肉の脂が溶け出し、焼く時に肉汁が逃げてしまうからだ。
次にタネを両手でキャッチボールをするように叩きつけて中の空気をしっかり抜いていく。焼く直前に真ん中を凹ませることで、膨らんだ時の肉汁漏れを防ぐことができる。
フライパンに油を熱して強火で片面にしっかり焼き色をつける。裏返したら弱火にして白ワインを大さじ1杯程度入れて蓋をする。5分から7分くらい蒸し焼きにし、中央に竹串を刺して透明な汁が出れば完璧。火を止めて蓋をしたまま2分放置すると、肉汁が落ち着いてよりジューシーになる。
ソースはハンバーグを焼いた後のフライパンに、以下のものを入れて煮詰めるだけで完成だ。ケチャップ大さじ3、ウスターソース大さじ2、赤ワイン大さじ2、バター10グラムである。
「和風おろしのソースも用意しようか?」
「任せるよ。俺は副菜に取りかからせてもらう」
「なんかお父さんたち連携できてない?」
「というより、久しぶりにレストランで出てきそうな料理を作ってますね」
「あはは、それわかる。最近、魔導具頼りの料理が多かったもんね」
「私は解析が捗るから賛成派なんですけどね」
「えーっと、私も否定派ってわけじゃないよ? 使ってもらわないと困る魔導具も多いからさ」
席を外していた理恵が戻ってくる。小首を傾げてから陽菜と結衣に耳打ちした。
「シオンさんってなんだかんだで大吾さんと仲良しなのかしら?」
「んー、どうだろう。私からするとお父さんと同じくらいの料理馬鹿にしか見えないけど?」
「異世界の食材や魔導具に並々ならぬ興味を持っているのは確かですね」
「あらそう。さてと、それじゃあ始めようかな」
「お母さんもなにか作るの?」
「吸い物もあったほうがいいでしょう?」
理恵は鍋に昆布とだしを入れて中火にかけ、煮立ったら酒、薄口醤油、塩を加える。豆腐を入れて、ひと煮立ちさせ、椀に盛り付け、仕上げに三つ葉を散らした。
大吾は、かぼちゃ、れんこん、パプリカ、ブロッコリーなどを食べやすい大きさに切り、オリーブオイル、塩、黒胡椒を振ってグリルで焦げ目がつくまで焼いていく。野菜の甘みが引き立ち和風ソースとの相性は抜群だ。
カウンターに『極限ハンバーグ・炎鉄の剛と蜂蜜の柔』が並んだ。大吾の副菜と理恵の吸い物が彩りと栄養バランスを整える。いよいよ試食会の始まりだ。
「和風おろしも一口は食べてやれよ。せっかくの勉強会なんだからな」
「いや、私もお姉ちゃんも和風おろしハンバーグのほうが好きだからね?」
「吸い物があると主張の強いハンバーグのあとのいい箸休めになります」
「そういえば私たちだけで試食するなんて久しぶりね。最近は異世界人にお任せだったもの」
「あいつらメニュー通りに注文しないからな」
「いやいや、お父さんがメニュー通りに作らないだけでしょう!」
「わかったわかった、いいから食べてみろ」
大吾に促されて陽菜は試食を始める。
「うわっ、見てよこの肉汁! 箸を入れた瞬間に溢れ出してきた。じゃあ、まずはこの大根おろしをたっぷり絡めて――うわ、最高。ポン酢の酸味がガツンときて、その後に肉の甘みが追いかけてくる。これ、いくらでも食べられちゃうやつだ」
「相変わらず食レポ下手だな」
「うるさい!」
「予想通りですがお吸い物は豆腐のつるんとした食感と三つ葉の香りがハンバーグの脂を優しく流してくれる感じですね。白だしの色が透き通ってて見た目も綺麗なのが素敵です」
「ハンバーグの感想はなしかよ」
「大吾さんのステーキやハンバーグは家族には不評なのよね。美味しいんだけどなんか違うみたいな?」
「はっはっはっ、繊細な料理も勉強しておくべきだったね。僕は白御飯のおかわりをもらおう」
「がっつり食ってんじゃねえよ!」
大吾の突っ込みにシオンは肩を竦める。
「ハンバーグは子供の鉄板メニューだ。それを忘れてはいけない。ハンバーグ食べ放題の店は知っているかい? メニューはそれだけなのに大人気だ。きっと子供の頃に叶えられなかった腹いっぱいハンバーグを食べたいという夢を体験したいのさ」
「高級店志向になってるとでも言いたいのか?」
「そういうわけじゃないさ。それにそうだとしても僕がどうこう言える立場じゃない」
「二人とも仲良く仲良く、とりあえずメニューに載せるの載せないの?」
理恵が二人の間に割り込む。
「和風おろしのほうはこっちに変更しよう。アイドルタイム限定ならセットメニューを千円で出せる。あとは吸い物と白飯のおかわりをどうするかだな」
「このハンバーグを白御飯一杯でやりくりするのは無理があるだろう?」
「一回限り無料でいいんじゃない?」
陽菜の提案にシオンは腕を組む。
「オペレーションが煩わしくならないかい?」
「アイドルタイムなら大丈夫だよ。それにうちのライス量が多いからね。おかわりする人そんなに多くないんじゃないかな?」
「基本は250グラムだったかしら?」
「ん、そんな量には見えなかったが?」
「ああ、それはね。常連さんにはあらかじめ量少なめで頼まれているのよ」
「つまり僕は本来のメニュー通りに提供された料理を見たことがないのかい?」
「十中八九」
陽菜の突っ込みに場は爆笑の渦に巻き込まれる。




