33 女子大生の偵察と鋼鉄の護衛
「へえ、こっちにはグルメ雑誌なんてものがあるんだな。ドワーフの里にはない、洗練された鉄板の写真ばかりだな」
「見るとこそこなの? 確かにステーキやハンバーグは熱々で食べられるように小さい鉄板に乗せられて提供されるけどさ」
先程の客が置き忘れた雑誌をバルドは熱心に眺めている。その横で陽菜がページを指差して目を輝かせた。
「あ、これだ。この原宿のレインボー・パンケーキ、インスタで超話題になってたんだよ。お父さんの料理もいいけど、たまにはこういう映えるスイーツも偵察しなきゃね」
「偵察? 了解した。陽菜、俺が護衛しよう」
突如。
店の隅の闇から現れたのは迷彩服に身を包み、顔にカモフラージュペイントを施したガンズである。異世界にはない装備のため、なにかしらの手段で、こちらで入手したのだろう。
「ガ、ガンズさん! なんでここに?」
「シラス殿に頼み通信石の緊急回線を繋いでもらったのだ。非武装で原宿という高脅威地帯に侵入させるわけにはいかない。陽菜は以前に異世界の戦場で我が兵站を支援した『重要人物』だからな」
「ええっ! ただ原宿にパンケーキを食べに行くだけだよ?」
陽菜の抗議も虚しくガンズによる第ニ十五次・陽菜護衛作戦が一方的に発令された。
週末。
駅の改札を出た瞬間、視界に飛び込んでくるのは原色の濁流だった。頭上には巨大なデジタルモニターが瞬き、足元では数え切れないほどの靴音がアスファルトを叩いている。空気中には甘いクレープの生地が焼ける匂いと、スパイシーな香りが混ざり合い重く漂っていた。
若者で溢れかえる原宿の竹下通りに、あまりにも異質な二人組が現れる。流行りのファッションに身を包んだ陽菜と、その背後にぴったりと張り付く迷彩服のガンズだ。
「ガンズさん、目立ち過ぎ! その服、逆に怪しいって!」
「話しかけるな。俺はたまたま陽菜と同じ方向に歩いている通行人の一人に過ぎない。最初から仲間と知られているより、単独行動と思わせていたほうが敵を油断させられる」
「敵って誰なのよ?」
陽菜は天を仰いだあと深い溜め息を吐いた。
大通りの喧騒から一本脇道へ入ると、空気は一変して澄んだ個性を帯び始める。コンクリート打ちっぱなしのセレクトショップや壁一面に描かれたグラフィティだ。ここでは時間が少しだけゆっくり流れ、道行く人々の服装も、どこか哲学的で洗練されたものに変わる。
「なんだこれは?」
「ブルートゥース、設定は済んでるから耳に装着してれば私と常に会話できる」
「なるほど、了解した」
「それじゃあ、改めて出発しましょう」
「ところでなにやってるの?」
「周囲の熱源反応および不審な魔力波形の監視だ。前方30メートル、ピンク色の髪をした個体が接近。敵方の隠密弓兵の可能性がある。さりげなく俺の背後に退避せよ」
「ええっ?」
結局、ガンズは陽菜を強引に抱きかかえて路地裏のゴミ箱の陰に身を隠した。
「ただのお洒落な女の子だよ!」
「原宿も戦場と同じだ。一瞬の油断が死を招く。よし、脅威は去った。前進を開始する」
「全力で否定できないのがなんだかなあ」
「安心しろ。目的地は近い
「私一人だったら、もう着いてたよ!」
行列に並ぶこと一時間。ガンズは「視線が痛い」と嘆く陽菜を守るため、常に周囲に鋭い眼光を飛ばし殺気を放っていたため、彼の周辺だけ微妙な空間というか距離感が保たれていた。ようやく運ばれてきたのは七色のクリームが層を成す『レインボー・パンケーキ原宿の奇跡』である。
「わぁーっ! すごい! 本当に虹色! お父さんのポークソテーとは全然違う美しさだね」
陽菜はスマホを取り出し、ベストアングルを探る。
「ほう、この色彩。敵方の魔導士が使う多重魔法障壁の展開パターンに酷似しているな」
ガンズは腰のポーチからサバイバルナイフを取り出した。
「陽菜、下がっていろ。このパンケーキに不審な魔導具が仕込まれていないか俺が戦術的に見極める」
――スパァァァァァッ!
ガンズは芸術的なまでのナイフ捌きで、パンケーキを七等分に切り分けた。クリームは崩れず断面は完璧な虹色の層を保っている。
「内部に脅威反応なし。陽菜、存分に映えとやらを楽しむといい」
「もうガンズさん! せっかくの映えが……ホールで撮りたかったな」
陽菜は泣きそうになりながら解体されたパンケーキを一口食べる。お、美味しい。映えとは関係なく美味しい。陽菜は隣に座るガンズへパンケーキを一切れ手渡した。
「戦場では経験したことのない味だ」
「そりゃそうだよ、スイーツは平和の証拠だもん。栄養バランス重視の戦場とは違うよ」
「なるほど、憶えておこう」
彼は戦場で効率的な栄養摂取のみを考えてきた。蜂蜜の甘みなど戦闘意欲を削ぐノイズだと信じてきたのである。だが今、このパンケーキの雲のようにふわふわとした食感と、ハチミツの濃厚な甘みが鋼鉄の精神を内側からゆっくりと溶かしていく。
「計算が合わん。この甘味の摂取により俺の推定戦闘能力が30%低下している。これは美味しさなどという生温いものではない。戦士の魂を武装解除させる精神攻撃だ。はは……陽菜が偵察を求めた理由が少しだけわかった気がする。世界には武器よりも強い甘さがあるのだな」
ガンズの迷彩ペイントの奥の瞳が少しだけ穏やかになっているのを陽菜は見逃さなかった。
「お父さん、ただいま! 原宿のパンケーキすごかったよ!」
泥だらけ(路地裏のゴミ箱の陰に隠れたため)の陽菜とガーンズが店へ帰還した。
「原宿のパンケーキだと?」
大吾は鼻を鳴らして鉄板の上に分厚い鶏肉を置いた。
――ズバァァァァァン!
爆発のような音が上がり、琥珀色の照りが立ち上る。
「大吾殿、原宿の甘味も脅威だが貴殿のポークソテーこそ世界を支配する最強の兵器だ」
ガンズはポークソテーの匂いに再び戦士の顔を取り戻し敬礼する。
テトラ・アコード。
そこは異世界の堅物騎士が現代の甘味に武装解除され、そして大吾の火力によって、再び戦士の魂を再起動させる聖域であった。




