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31 ドワーフの恩返しと轟轟たる炎の鉄板

「――おう! 大吾殿、息災であったか!」


 店の扉を蹴破らんばかりの勢いで現れたのは、赤茶色の髭を蓄えた小柄で頑強な男ドワーフのバルドであった。背負っていた巨大な包みをカウンターに置くと大吾の手を握り締める。


「あの天ぷらの衝撃から俺の鍛冶人生は変わった! 感謝の印に俺の全精力を注ぎ込んだ最高傑作を持ってきたぞ!」

「バルドか……相変わらずうるせえ奴だ。それでその馬鹿デカい包みはなんだ?」


 大吾が眉を顰めるとバルドは不敵に笑い包みを解いた。現れたのは漆黒の鏡のように磨き上げられた巨大な鉄板だった。


「これはただの鉄板じゃねえぞ。我がドワーフ族に伝わる幻の金属『炎鉄鉱』を万年氷の清水で鍛え上げた一品だ! 大吾殿の火力を無限に増幅させることができるぞ!」

「ちょっと待ってください! その鉄板の熱伝導率は現代の科学では計測不能! 現環境下での使用は暴走する危険性が高いです!」

「ふん、面白れえじゃないか? 暴走する鉄板を使いこなすのも料理人の腕の見せ所だ」


 指示を受けたバルドは鉄板を準備する。大吾は結衣の制止を振り切り鉄板に火を入れた。


 ――ゴォォォォォッ!


 コンロの火が鉄板に触れた瞬間――店の空気が一変する。鉄板自体が赤熱して周囲のエネルギーを吸い上げ、フライパンの上に小さな太陽が生まれたかのような熱気を放ち始めた。


「始めるぞ」


 まずは鉄板から煙が立ち上るまで強火で熱した。これで肉の表面を一瞬で焼き固め旨味を封じ込めることができる。肉は30分前に冷蔵庫から出し常温に戻したものを使う。焼く直前に月晶石の塩を多めに振る。これが肉のタンパク質を活性化させるのだ。満を持して大吾は牛の赤身肉を鉄板の上に置いた。


 ――ズバァァァァァン!


 爆発のような音が上がり、肉の脂が一瞬で気化し、琥珀色の煙が立ち上る。肉を裏返した後、タレ(醤油、酒、ニンニク)を鉄板の空いている場所に注ぐ。ほんの一瞬で焦がし、その香りを肉に纏わせる。


「熱い……でもお父さんの腕が鉄板の暴走を抑え込んでる? やったやったーっ!」

「俺の見込んだ職人だぞ。鉄板の一つや二つ使いこなせて当然だ」

「それは異世界環境下での話でしょう? そもそも魔導具の扱い方すら覚えないくせに!」

「お姉ちゃん、考え過ぎだよ。確かに魔導具の取扱いは全部お姉ちゃんに任せてるけどさ。お父さんもお父さんなりに勉強しているんだよ」

「大吾殿を信じればいいだけの話だ」


 楽観的な二人とは対照的に結衣だけ不安そうな顔をしている。


 大吾は全身から汗を流しながら鉄板の熱を包丁の背で斬り分け肉の芯へと誘導していった。盛り付けの際、肉の下に炙ったハーブを敷く。これが鉄板の野生味に爽やかな風を吹き込む。


 完成したのは『極限炎鉄ステーキ・月晶石の塩と焦がし醤油』である。表面は炭のように黒く、しかし中は完璧なロゼ色。職人の意地が伝説の金属をねじ伏せた瞬間だった。


 バルドは一切れの肉を口に運び目を剥いた。


(――これだ。俺が求めていたのはこの熱だ)


 彼はドワーフの里で神童と呼ばれ、あらゆる金属を自在に操っていた。ある日は小鳥のための精巧な籠を、ある日は母の料理を助ける鍋を作った。誰かの日常を彩るものを作るのが好きだったのである。


 しかしその才能が彼を縛った。

 里の長たちは彼の類まれなる技術を生活の道具に浪費することを許さなかったのである。彼が生み出す剣は岩を断ち、甲冑や鎧は上位魔法さえ弾く。成人する頃には里で最も優れた兵器鍛冶となっていた。


 それなりの富と名声は手に入る。しかし彼が本当に作りたかったのは、人を殺める武器ではなく、人を幸せにするための道具だった。


「俺の磨き上げた技術は大吾殿の料理のためにあったんだな」


 ステーキの荒々しい旨味と鉄板が奏でる重厚な響き。自作の鉄板が世界で最も美味しい瞬間を作り出したことに、バルドは職人としての生の充足を初めて感じたのだった。


「大吾殿……ありがとう。俺の最高傑作をさらなる高みへ引き上げてくれた」


 大吾に向かって深く頭を下げ、バルドは茶色の髭をステーキの肉汁で濡らした。


「ふん、いい鉄板だ。だが暴れ馬過ぎるな。結衣、この鉄板の熱を魔導具で回収して再利用することはできるか?」

「私の忠告は聞かないくせに要求だけしてくるんですね。わかりましたわかりました。いろいろ試して最善策を考えておきます」


 バルドは大吾の道具への容赦ない発言に、逆に職人としての信頼を感じ満足げに笑った。


 テトラ・アコード。

 そこは異世界の職人たちが魂を賭けて挑み、大吾の包丁によって、その魂を最も美味しい形で完成させてもらえる聖域であった。

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