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五年前の回想 夜の中の漆黒 その6


「ジェイさん? どうした……の?」


 ジェリウスの態度に不安を感じて発した質問に対し、返事は意外な所から出た。


「お、教えてあ、あげる。レ、レ、レイルは、じ、自分よりもつ、つよ、強い相手や、け、けい、敬意をもった、あ、相手には、こ、こ、こうやって、に、にらむの、お、可笑(おか)しい、よ、ね……ひ、ヒヒヒッ!」


 もはや人型にしか見えない黒い闇から再度女の声して、ジロの質問に応じる。


「ぬかせ、ボケが……」


 ジェリウスは数秒まぶたを閉じ、また開ける。開けた時には(けん)のある視線は影も形もなくなっていた。


「……どうすっかなぁ。……テメエがエリカならなぁ」


 ジロを見ながらジェリウスがよく意味の分からない事を言った。


「エリカ? エリカが……何?」


「気にすんな。エリカならあの胡散(うさん)臭ぇのとまともな会話ができ…………、……。……あっ? おい、ジロ、今あいつ、返事しなかったか?」


 ジェリウスは首を傾げながら、折れた長剣を鞘に収めた。


「したけど。……それよりも、その闇は……、人……なの?」


「アホほど高度な結界で身を隠してるだけだ。あそこまでやられると、肉眼だろうが、魔法で目を強化してようと、何にもわからねえ。おう、漆黒女! とっとと結界を解け、派手な登場しやがってからに、このボケ!!」


「……」


「……」

「……チッ!」


 黒い闇の女に投げつけられた言葉であったが、黒い闇の女は一切の反応をみせず、ジェリウスの言葉に返答なく、再び、ジェリウスの問いかけは宙に浮いてしまった。


「き、君はだ、誰?」


「おっ!?」


 ジェリウスが驚きの声を上げるが、黒い闇の女はまたしても沈黙する。


「君ってのは、こいつか?」


 ジェリウスが親指でジロを指し示す。


「……」


 が、それに対しても反応はない。


「……相変わらずか。おう、いいだろう!! 教えてやんよ! こいつはジロ! ジロ・ガルニエだ!」


「……ジロ・が、ガルニエ。……ジロ」


「……また喋りやがった。喋らないっつー事は、事態は切迫してねえって事だろ? なのに自発的に喋ってくるだと? ……どうなってんだ?」


 ジロにはまったく理解できないジェリウスの(つぶや)きを聞きつつ、ジロは黒い闇の女を油断無く見つめる。


 黒い闇が突如形を失い――


「――ようやく結界を解く気になりやがったか、漆黒女。ド派手に登場しやがって、何しに来やがった。結界張ってやがったが、さっきからこっちのそっちには声も届いてんだろ? 答えろ!」


 黒い闇がまるで玉が水しぶきを上げるかのように、上方から弾け飛んでいき……中から先刻ほどの濃さではないが、やはり黒い何かが現れた。


「女の……人?」


 黒ずくめの姿に長い黒髪の前髪の奥に透けて見える大きな瞳をジロにはかろうじて見る事ができた。

 いったん見え始めると、だんだんと黒い服と、顔や輪郭、そして体を覆うようなの長い髪の区別がついてくる。


「……ヒヒヒッ! だ、誰? レ、レイル。そこの、ひ、ひ、人はな、何者?」


「……しかし、珍しいな、テメエが男しか居ねえ場所で口を開くなんざな。つーか、どういう意味だ? 教えたろ? ジロだ。前にプー公が、こいつを助けるかどうかで決を取ったろ? そいつ本人だ」


「……。ジロ、……そう、ジロ……、が、ガルニエ? ジロ・ガルニエ……」


 陰鬱とした抑揚のない声であったが、声質自体は鈴が鳴るような、綺麗な声でそう(つぶや)いた。


 長い黒髪の女性は立ち上がり、ソロソロとまるでスライムのような軟体生物であるかのように、下生えの草を踏みしめる音を一切立てずに、ジロに向かってきた。



 ジロが目鼻立ちを確認できる距離まで近づくと、その女性はジロの顔に向かって両手を伸ばし――


「――おいおい、今日は本当に幽界の霧が晴れるんじゃねえのか? テメエが自ら男に向かってって、あまつさえ手を伸ばすだと? それにその(つら)――」


「だ、黙って。れ、レイル……」


 ジロに向かって伸ばされた手は戻され、女性はジロから距離を置いた。


「んで? なんの用だ?」


「……」


「チッ! おい、ジロ、テメエが女の代わりだ! 聞け!」


「女の代わり?」


「この漆黒女は男とはよっぽどの事が無い限り会話が成立しねえんだよ! 頭に来る事に、切羽詰まったような非常事態時は、男とも率先して話すし、テキパキと受け答えをしやがるんだが、状況が安全な時や、普段は一切男とは会話をしやがらねえ。種族の違うウーの奴にも、こいつぁガン無視よ。……なのにどういう訳か、テメエには興味を持ったようだ。だから、聞け!」


「何がなんだか……。えっと、なんの用ですか?」


「わ、私は、アンナ・ファインワース。ジロ、よ、よ、よろしく……。ま、マニー・が、が、ガルニエからのし、し、使者」


「爺さまから!? ジェ、ジェイさん!?」


「……おう、ようやく来たはいいが、苦労を重ねてマル公辺りがこっちに来るとふんでたが、……よりにもよってテメエが重い腰を上げるとはなぁ。まぁここまで来れる奴っていえば、テメエになるのは妥当な線か……」


「レ、れ、レ、レイル!」


「なんだぁ? 珍しく大声上げやがって……」


「な、なんで、ジロに、そ、そ、そんなした、した、したし、親しげに、よ、呼ばれている?」


 ジェリウスは最初キョトンっとした表情を浮かべ、その後ニチャァっとした意地の悪そうな笑顔になった。


「ははぁ~~ん。そんな事が気になるのか? えっ? 気になんのか? 確かに、俺様はこいつに愛称で呼ぶことを許した。それが気になるのか? 人との係わり合いを捨てたような漆黒女が? えぇ?」


「……」


「カカカッ! こりゃいいぜ! こいつはジロだ。俺様の二番弟子のな!」


「えええっ!? で、で、でっ! リーブはともかく、才能無い奴は弟子になんざ――」


「――テメエはだぁってろ! バカ弟子! おう、漆黒女! こいつぁ俺様のかわいい、かわいい弟子だ、おう、コラ、なんか言ってみろ! この結界馬鹿の漆黒女!」


「……れ、レイル、し、し、し、死ね」


 アンナはボソボソと消え入りそうな声で、そう言った。


 その返事に対し、再びカカカッっと上機嫌で高笑いを上げる隣でジロは現在の状況も何もかもを忘れ、一人で大陸一の勇者の弟子入りを許された喜びに打ち震えていた。


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