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五年前の回想 夜の中の漆黒 その4


 ジロが荒い息をつきながら、夜露(よつゆ)に湿った土の上にあぐらをかいて座っている。


ジロの足の怪我は無視できないレベルとなったが、設備の整っていない野外での治癒魔法行使をジェリウスが嫌い、小袋から軟膏(なんこう)を取りだした。


「これも一応は魔法薬の一種。てめえの治療がまた少し後退するかもしれねえが、その足はおもしろすぎるかんなぁ」


 そう言って軟膏治療の許可を得たジロは小瓶の中の光りを帯びたドロッとした半固体を傷に塗り込んでいく。深い裂傷さえできた足であったが、痛みが急速に和らいでいった。その効能の早さに確かに魔法薬だと感心しつつも、ジロは魔法薬を使うだけでも、グリーディの副作用を考慮しなければならない我が身を(うと)ましく思った。


 ジロは周りを見渡す。


 とは言え、常に濃霧の支配する幽界の夜は数mすらも見通せない。


 ジェリウスはまたも霧の空を見上げていた。


 立ち止まる度に、ジェリウスの視線が徐々に上へと上がっていっている事にジロは気づいている。


「ジェイさん、なに見てるの?」


「あ~~~~~~。……分からねえ。だがこの反応は……話にゃ聞いた事があるかんな。……見当はついてるが……確証がねぇ。終わったか?」


「あぁまた走れそうだ。……こんな事なら、俺じゃなくリーブを連れて来た方がよかったんじゃないの?」


「ダメだ。あいつは、魔法を使ってこそ、真価を発揮する。魔法無しじゃ、テメエの方が大分マシだ。……それこそ体捌(たいさば)きだけならプー公がティコ・ティコにスカウトしてもいいんじゃねえか? って考えるレベルだぜ」


「……なんか久々にジェイさんから()められた気がする」


「そうかぁ? テメエの痛みに対する耐性っつーか、我慢強さは俺様も大いに認めてるんだぜ?」


「……ハァ。俺って奴は地味で妙な特技持ちなんだね」


「カカカッ! そんくれえ軽口がついて出るようなら、オラ、いくぞ!」


「おう! ってね……」


 ジロは裂傷だらけの血まみれで震える足に活を入れるようにして立ち上がった。


「やせ我慢と威勢のいい返事も、俺様ぁ、結構好きだぜ?」


 カカカッと再び笑うジェリウスの背をジロはまたグッと握りしめ、二人は駆けだした。


       ◆



「ここいらだな」


 そう言ってジェリウスは立ち止まった。


 稽古場(けいこば)を駆けだし、一時間も経ち、あと二時間ほどで夜も明けるという頃、ようやく人間未踏の深い森を駆け回る苦行が終わる。とは言え、ジェリウスがここだと言った場所も森の藪の中であった。

 体に触れる枝葉を嫌い、ジェリウスは長剣を振るってちょっとした空き地を作り出す。


「たいまつをつけろ」


 ペール王国では魔法に頼っていたが、幽界で魔法を使えない日々が続いたため、ジロはすぐに火打ち石をつかい、たいまつに火をつける。


 心配した通り、光りは闇は払うが、霧に乱反射するだけで、その光りに周りの霧を貫き通す力はない。


「振れ」


 ジェリウスがまた空を見上げ、釣られてジロも目線を上げると、霧を見通す目ではなかったが、なんとなくその場所は木々の切れ目のであるようにジロにも感じ取る事ができた。


 ジロは手に持ったたいまつを高々と掲げ振る。振った勢いで火勢が増し、火の粉が飛び散った。


「そのままだ。……。……、……おいおい、マジか? ……、……、……うおっ! やべえ!!」


 ジェリウスの声を聞いた途端に猛烈な勢いでジロは後ろに引っ張られ、そのまま地面に投げ出されて茂みや細い立ち木をへし折りつつ転がった。


「なにを!?」

「立つな!! 伏せろ!!」


 言葉に反射的に従った途端、ジロは肋骨が折れかねない衝撃を受け、霧の中にジロの脇を蹴ったであろうジェリウスの右足を見た。


 ジロは茂みを荒らしながら転がり続け、そして――



 ――霧が揺れ、目線の先の木々が突然、()ぜた。



 自分の出した物音とは比較にならない、地が割れ、終末の天界決戦でも起こったのかと思うほどに、凄まじい破壊音が静寂の森へと響き渡る。


 地面が激しく揺れ、ジロは寝転んだ姿勢のまま、咄嗟に頭を腕で(かば)う。木っ端(こっぱ)となった木や石の破片がジロの体に容赦なく当たり、ジロの体を痛めつける。


 揺れと衝撃はすぐに収まるが、別の破壊音に取って代わられる。木々が倒れる音がそこかしこでする。

 突然大木が風を巻きながら霧の中から現れ、破壊音と振動を響かせながらジロの鼻先をかすめるようにして地面に倒れた。


 ジロは慌てて立ち上がり、周囲を見渡しながら身を低くして後退する。


 轟音もやがて収まり、焦げ臭い匂いだけが残った。


「無事か!」


「圧死しかけたけど、なんとか! 何が起きたの!?」


「それは――、あぁ! 面倒くせえ! 自分で確かめろ! 前に大穴が開いてんだろ!」


「穴?」


ジロは小刀を(さや)から抜く。ペールの基本的な剣よりも切断に特化した小刀を構え、ジリジリと前に進むと、焦げ臭い匂いがより一層強くなる。


 1m先も見えない霧を進むと、ジロは不自然に盛り上がった土が目の前に現れた。

 腰ほどの高さもある土手を上ると、そこは穴の(ふち)である事が確認できた。


「そのまま、降りてみろ! ったくよぉ……」


「だ、大丈夫なのかな!?」


「知るか、ボケェェ!」


 急に不機嫌になったジェリウスの声に押されるようにしてジロは縁から、すり鉢状となった穴の中心に向かい降り始める。


 直径は20m程の穴らしく、中心とおぼしき地点が見えてきた。


 大きなクレーターの真ん中に……不吉な程に黒く、黒い闇がある。それは身じろぎをしているように見えた。


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