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五年前の回想 夜の中の漆黒 その2


 露天(ろてん)稽古場(けいこば)で頭をカラに、夢中で汗を流していた。気づけばジロは、いつもの如く時間感覚を失っていた。


「この汗の量と疲労具合からすると二時間ってところか……。なら今は夜中の二時……」


 家に戻ったところで、治療の副作用により眠りにつくことは叶わないが、少なくとも体を休める事はできる。真夜中二時というのは日中時に行う自主的に行っている過酷な修行を完遂するための体力を維持するという点で、ジロにとって、夜中の二時というのは活動のリミットの時間でもあった。


「……ん?」


 物音を感じ、ジロはウーが岩から削りだした、カレントの名産品である刀を()した石刀を投げ置く。


物音は人が発する音で、駆け足よりも速い速度で近づく何者かの音と判断した。


 ジロは腰に差しっぱなしのブートガングを迷わず抜く。


「誰だ! 止まれ!」


 ジロが誰何(すいか)の声を上げるも、地を()る物音に乱れはなく、ジロに対し微塵(みじん)の反応も示さない。


 相手の攻撃の予兆(よちょう)に即反応できるようにしながら、ジロは高速で近づいてくる音と気配を頼りにタイミングをはかり、目の前の暗く濃い霧をブートガングを抜き様に力一杯切り裂く。


 剣に手応えはなく、物音も消えていた。


 油断することなく、ジロは剣を構えなおし、気配を探る。


 何かを背にしたいところであったが、稽古場にはそんな物はなく、目標を見失っている現状、迂闊(うかつ)に動けば更なる危機を招き入れかねないため、ジロはその場に踏みとどまった。


 ヒリヒリとした緊張感の中、そのまま五分が経った。


 いよいよジロは首を(かし)げる。


「……まだこの頭に残ってるグリーディの作用か?」


幻聴を疑いだした時、


「ジロ! 出かけんぞ!」


 背後から突然の声が上がる。



 この声は……、っと思いながらもジロは構えを解かぬまま、声から遠ざかるようにしながら振り向くと、霧の中にジェリウスの姿を認めた。


「ジェイさんいつの間に……。……あれ?」


「まぁ~だ、剣を構えてやがんのか……脳天気な野郎だな」


「……まだ?」


「なかなか良い、抜きっぷりだったぜ。魔法との連係が出来ねえってのに、剣をしこたま振り続けた甲斐(かい)があったなぁ?」


 ジロの全身から血の気が引く。


「あ、あの気配と物音。ジ、ジェイさんだったの!?」


 ジロはそう言ってから、ジェリウスの体から濃密な血の臭いに気づいた。


「……ジェイさん?」


「時間がねえ! 行くぞ! ブートガングは置いていけ。闇夜のたいまつみてえに、居場所を敵に知られかねねえからな」


「ど、どこに行くの!? それに敵って何さ?」


「うっせぇ! 時間がねえんだよ!」

 

 そう言うとジェリウスは無造作にブートガングの剣身を(つか)むと、枯れ枝のように霧の奥へと放り投げた。


「ああぁ!! 俺達の命を繋いでくれた剣を!? 一応、あれ、国宝なんだけど!?」


「いいんだよ!! どうせ、盗みに来るやつなんざいねえ! 帰りに拾うからよ!」


「な、ならちょっと、ポーキスを着て、装備を――」


 ジェリウスから漂う血の臭いで、荒事(あらごと)らしい事を察したジロは我が装備を取りに戻ろうと(きびす)を返し、むんずっと襟首(えりくび)(つか)まれる。


「アホ! 正気か!? ブートガングがダメだっつってんだろ!? ポーキスなんぞも着ていけるわけねえだろうが!!」


 見ればジェリウスは、日頃身につけている数々のAF群は一つも身につけておらず、腰の差物も、いつもの聖剣ではなく、ウーが時々爪切り代わりに使用している、魔力を帯びない切れ味鋭い長剣だった。


「だから、意味がわかんないんだって! って、ジェイさん、聞いてねえし!」


 ジェリウスはジロに背を向け、家のある方向とは全く違う方向へと早足で歩き出す。


「これ持ってけ」

 

 背中ごしに投げ渡されたのは、ジェリウスの装備品の入った小袋と、意匠(いしょう)の細かい、木製の(さや)に収まったウーの祖国の者達や東方の人間が好んで使う小刀であった。


「中にたいまつと火打ち石が入ってるのを確認しろ。今は使わなくもいい。後で探し物につかう」


「確認した。……たいまつはまだ分からなくもないけど、火打ち石? 魔法で点ければいいのに……。それにたいまつも、ここでそんなモン使ったって、霧に乱反射して使い物にならないよ。ジェイさんは霧を見通せる《幽界視(ティコ・ティコ)》使えるんだから――」


「つべこべ言うんじゃねえ!」


 ジェリウスは駆けだした。


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