色恋沙汰
「でも、君はそんな彼女に一度命を助けられているけど」
かつてソフィアがまだロシアの工作員で、近衛文書をロシアのレポ船に持ち出そうとして桐生に殺されそうになった時に、比呂美は身を挺して彼女の頭が撃たれるのを邪魔したことがあった。涼はそのことを言った。
ソフィアは急に不機嫌な顔になり、ふんっと鼻で笑う。
「で、なんで追い出されたの?」
涼はことの顛末を話し始める。
ソフィアにとって誰か他人と色恋沙汰の話をしたのは久しぶりだった。学生時代、祖国でクラスの友達と噂話とかしたことはあったけど、それ以来こんな経験は皆無だった。聞いているのも完全に時間の無駄で有用性は全く無いけれど、そのバカバカしさに子どもだった頃を思い出す。
聞いてみると、どうやらガラが悪いけれど人当たりの良いイケメンに、世間知らずで頭でっかちで融通の効かない生娘が騙されているという、昔からよくある珍しくもなんともない、ベタな痴情話だ。
「一度痛い目に合えば良いだけじゃない?」
「でも、それじゃ、比呂美さんがかわいそうで」
「別に死ぬわけじゃないし。若い女なんて気分屋なんだから、いくら理詰めで忠告しても無駄よ」
「見てほしい物がある。スマホある?」
彼はソフィアに聞くと、彼女は頷きポケットからスマホを取り出す。彼はその端にちょっと触り、自分の頭の中のメモリにコピーしたひとみの虐待動画を指先から電磁波にして彼女のスマホのメモリに書き込む。
「この動画、見てみて」
動画が再生される。ひとみが殴られたり水風呂に沈められたり、死んでしまうのではないかというシーンが延々と続く。
涼はやっぱりこの動画は比呂美には見せられないや、と改めて思う。トラウマになってしまうかもしれない。
ちらっとソフィアの顔を見ると、無表情にスマホ画面を見つめている。
彼女にとってこの程度の暴力はただのじゃれ合いにしか見えなかった。殴ったり蹴ったりする男の力も貧弱だし、女の方も本気で逃げたり避ける素振りがないし。正直、これって問題なの?という印象。死ぬどころか怪我すらしないレベルで、下手な三文芝居を見ている感じ。
――これでひどい男だと言いたいのかしら?私なら一瞬で押さえ込める。弱い男だし、さらに弱いものいじめをするし。全く恐怖を感じない。涼くんは彼に怒りを感じているようだけれど、私にとっては怒りの対象にすらならない。一体比呂美はこんな男のどこが良いのかしら?――
彼女は急にその話に興味を失ってしまった。




