分不相応の綺麗事
涼は公園のベンチに座っていた。
「はぁー」とため息を付く。
――これから、どこへ行こう?――
片手で頬杖を付き、途方に暮れる。
幸いバイトをしているから、わずかだが所持金はある。この付近に住むなら引き続きバイトの収入もあるし、自分一人で暮らしてみるのも悪くないかもしれない。でも賃貸を借りるとすると、住民票とかいろいろ手続きが必要になる。彼なら市の住基ネットに侵入して、他人の住民票になりすましたり新規に住民票を作ることは簡単にできる。でもバレた時のリスクとか住基ネットのバックアップとの同期とかいろいろ考えると面倒くさくなってくる。
「仕方がない。あいつの所に世話になるしかないか」
彼は立ち上がると歩き出す。
15分ほど歩いて、とあるアパートの前にたどり着く。建物横の階段を2階へ登り、ピンポーンと呼び鈴を鳴らす。ガタっと扉の向こうで音がし、ドアがゆっくりとわずかに開く。隙間からソフィアが疑り深そうに片目だけで外を窺う。
「何?」
涼はためらいがちに視線をずらして言う。
「泊めてくれない?」
ソフィアはキョトンと不思議そうな表情をして、それから察したように爆笑した。しばらく腹を抱えて笑い転げ回る。
「早く開けてくれない?」
「分かったわ。ゴメンゴメン」
ドアが開くと涼は玄関に入り、ソフィアと対面する。彼女は笑いをこらえて立ち上がったところだったが、彼の顔を見ると抑えていた笑いが込み上げてきて、また吹き出す。
「へえー、あの子にそんな勇気があったんだ、ちょっとは見直したわ」
涼は意味が分からないという顔で、でも相手にせず
「じゃ、お邪魔します」
と部屋に上がり、部屋の隅に立ちすくむ。
「何か飲む?って、飲まないか。充電さえできれば良いのかしら?」
「まあ、そうだね。あと、時々服の洗濯と夜中の居場所くらい。夜中に外にいると、何かと不審がられるからね」
それから彼は床に正座し直すと、彼女の方を向き足元に深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ソフィアは彼の後頭部を上から見下ろしながら、
「あらっ、ずいぶん素直になったのね。アンドロイドも学習するものなのね」
彼女は食卓の椅子に座ると、遠くを見てボソッと言う。
「私、あの子嫌いだったの」
彼は上半身を起こして、彼女の顔を見る。
「なんで?」
「分不相応の綺麗事ばっかり言うから」
「綺麗事?うーん、確かに人の悪口とか言わないし、何か困難な事があっても他人や社会のせいにはしないし、真面目な人だと思う。そう、彼女は正しい。品行方正」
「それが嫌なの。品行方正なんて金持ちの道楽よ。貧乏人は貧乏人らしく意地汚くがめつく生きていけば良いのに。だいたい自分の主張を通すだけの力のない人が、自分の意見が正しいなんて主張すること自体がおかしいと思わない?まさに口だけなのよ」




