安心できる人間関係
「この動画、もらって良い?」
「それはダメ」
まあ、そうだろう。自分の顔がモザイクなしで映っているし、他人に渡したらネットに流出の可能性もある。
涼は手を伸ばし彼女のスマホに軽く触る。指先から電磁波を照射し彼女のスマホのメモリ内をスキャンし、さっきの動画を探し出して自分の頭の中のメモリに瞬間コピーする。
彼女は不思議そうな顔で彼を見つめる。
「流出もさせないし友達に見せるだけなんだけど、それでもだめ?」
うんと彼女はうなづく。
――ごめん、もうコピーしちゃった。万が一比呂美さんを説得できなかった時の保険のために――
持ってきたコーヒーを飲みながら周囲を見渡す。新宿という場所柄ほとんどがカップルか外人。外人はほぼ観光客だろう。
ふっと疑問が浮かぶ。
「なんでこんな気分の悪くなる動画、保存していたの?」
「別に気分悪くならない」
「じゃ、記念?」
彼女は少し頭を傾けると、
「普通の人は気分悪くなる」
彼は少し彼女の気持ちが分かった気がした。
「今でも、彼のこと、好き?」
うんと彼女はうなづく。
「でも、こんなにひどいことするのに?」
少し考えた後、彼女は口を開く。
「他にいないから」
その時涼ははっきりと彼女の考えていることが分かった。
――彼女にとって、暴行されるよりも誰からも相手にされないことの方が苦痛なんだ――
彼には感覚として彼女の気持ちは分からないけれど、知識としては分かる。人は集団で生きる生物であり、常に誰かとつながりを求めていて一人では生きていけない。人にとって一番の脅威でありストレスであり、実はタバコやアルコールよりも体に一番体に悪いのは孤独なんだと。
理想は子供の頃に親や友達など身近な人から、世の中には安心できる人間関係が存在するということを経験して学ぶことなんだけれど、不運にもそれができないまま大人になってしまう人がいる。そういう人は構ってくれる人なら誰にでも自分を平気で犠牲にしてしまう。目の前の彼女はそのパターンなんだ。
運よく良い人に巡り合えればそこから正常な生活を送れるのに、彼女は不幸にも馬渡という悪い人に巡り合ってしまった。そして彼女はこの境遇を利用されている。
でも涼にはどうすることも出来ない。彼女が自分で気付いて自分で解決するしか。
「教えてくれてありがとう。友達に伝えておくよ」
彼女の方を見ると、不満そうな顔をしていないから満足ということなのだろう。彼女は自分が不幸ということには気づいていて、そういう人を増やしたくないとは思っている訳だから、根は良い子なんだろう。
「じゃ、これで帰るね」
彼は席を立ち、店を後にする。




