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不安要素

そのほぼ同じ頃、ホストクラブ「TrueLove」に馬渡は出勤している。

彼のテーブルで、香織が会話の中で先日のことを話題に出す。

「リクのファンだという若い子がこの間体験入店で来てさー。私、結構タイプだったのに体験だけで辞めちゃったみたい。ねー、彼の連絡先知らない?」

「俺のファン?誰?」

馬渡には心当たりが無かった。大学のゼミの同期や後輩にはホストのことは話していないから、知っている人はいないはず。

「アフター連れてってもらったんだけど、私、酔って寝ちゃったみたいでさー。気が付いたら交番の前で目覚めて。もう一度会いたいなーと思って、お店来たら、体験だけで入店しなかったって聞いて。リクー、彼、紹介して」

いろいろ思いめぐらすけれど、自分にあこがれてホストになりたがるような知り合いがどうしても思い浮かばない。かといって否定するのも話の腰を折るし

「俺、男にもモテるからさー、いっぱいい過ぎてすぐには分からないや。どんな奴だっけ?」

彼女がスマホを見せて、涼と一緒に自撮りした写真を見せる。

――あっ、矢野さんと一緒に居たことのあるやつだ。涼くんって呼ばれてたな。でも何で俺のことを?――

「あー、思い出した。昔の知り合いだよ。何か俺のこと言ってた?」

「んー、リクのこと尊敬してるって。だからいろいろリクのこと、知りたがってたよ」

嫌な予感がする。彼が自分のことを尊敬しているとは思えないから。ホストをしていることを矢野には話しているから彼女から聞いたんだとは思うけれど、それは尊敬する話ではなくて反対に警戒する話と受け取る方が普通だ。

ホストを長くしていれば、いろいろ人に言えない後ろめたいこともすることになる。ツケで飲んだ客から売掛金を回収する場合、風俗へ斡旋とかはまだぬるい方で、中には頑として風俗を拒む女性や年齢的に風俗では客が付かない女性もいる。そんな相手には半グレに債権の半額を渡す形で回収を依頼する。

つまり結婚を考えている矢野には、あまりホストの詳しい話は知られたくない。それを彼女の知り合いの涼が聞きまわっているのは不安要素でしかない。

香織はしばらく、涼とどんな話をしたとかアフターでどこへ行ったとか、一人で上機嫌に話していたが、やがて、

「リクの元カノ、ひとみさんだったっけ?ちょっと話しちゃったかも。酔ってたから」

――それはまずい――

矢野にひとみの存在を知られると、ドン引きされるどころかプロポーズを断られるだろう。断らないまでも、もう少し考えたいと延期になるのは確実だ。

急に計画が崩れ始める気がし、胸が苦しくなる。養子になった矢野と結婚すれば物部家の当主の婿になる。無一文で何の後ろ盾のない自分と違って、宗教団体だからそれなりに収入はあるだろう。建物だって立派だったし敷地も広そうだった。ホストやYouTuberなんかよりずっと安定して高額な収入は見込める。そうすれば妹の手術費用や入院費用も工面できる。

だから矢野にプロポーズは受けてもらわなければならない。

それなのに涼というやつが調べまわって元カノのことを矢野に知られたら、すべての計画がパーになってしまう。

彼は努めて冷静になり、一生懸命に考える。

――証拠は何もない。しらばっくれれば大丈夫か。矢野と涼というやつの仲は、多分涼からの一方的な片思いだろう。だから俺の欠点を探し出して、プロポーズの邪魔をする気だな――

隣では香織がまだペラペラと上機嫌でヘルプのホストと話している。

――涼というやつ、一度脅しておいた方が良いかも。こそこそ俺の周りを嗅ぎまわるなと警告の意味で。知り合いの半グレの連中にちょっと痛い目に合わせておいてもらおう――

彼は香織に涼の写真が欲しいと言って転送してもらう。

別のテーブルから指名が入ってテーブルを移動する際に、スタッフルームへ行き、彼はスマホの連絡帳から半グレを選び、涼の写真を送信した。


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