東屋
奈良の橿原市郊外の風光明媚な田園地帯。かなり間隔をあけてポツリポツリと立っている民家の中に、ひときわ目立つ純和風の屋敷がある。表札には”小嶋”とある。石下神社の資産管理室長の小嶋の邸宅だ。今日は休日のため、剪定師たちが数人、脚立やら梯子やらを出して庭の樹木の形を整えている。
そこへ1台の車が門から敷地に入ってきて、剪定の邪魔にならないように庭の端に止まる。降りてきたのは厚東弁護士だ。ラフな私服姿。
彼はアプローチに従って屋敷の玄関まで来ると、呼び鈴を押す。しばらくするとインターホンから女性の声がする。
「あっ、奥さん、ご無沙汰してます~。厚東です。御主人いらっしゃいまっか?」
しばらくすると、小嶋が玄関からこちらもラフな私服姿で出てくる。周囲を見渡して視線を下げながら、小声で、
「休みの日に家に来るなと言っただろ」
とちょっと不機嫌。
「悪い、悪い。ただ緊急に話したい要件が2つあってな」
「2つ?良い話と悪い話か?」
「良い話と、意味不明な話や。どっちからが良い?」
「じゃ、無難な意味不明な話からだ」
2人は庭の中ほどにある東屋に場所を移し、ベンチに座る。目の前には小さな、でも個人宅内にあるものとしてはかなり大きい池がある。
「都内のホワイトストーンが入居するビルに賊が入りおった。セキュリティーシステムを突破し、サーバー室まで入ったらしい」
「賊?素性は?」
「不明や。警備員がサーバー室ごと吹っ飛ばしたさかい。表向きはガス爆発ちゅうことになっているが。ただ屋上にロシア製のパラシュートが残されていたさかいそっち方面やろう」
「ロシア?ホワイトストーンって、ロシアで何かしていたか?」
「いや、何も。中東やアフリカでもロシアと対立していたという話は聞かんな。やから意味不明なんや」
「まあ、良い。で悪い話は?」
「元新聞記者の朝比奈の殺害が、神主にばれた」
「なにっ」
小嶋の顔が引きつり、厚東の顔をまじまじと見る。
「それはまずい。絶対まずい。何でばれたんだ?地元警察は物取りの犯行という話だっただろ」
「ちょうど現場に、神主が養子にしようとしてる女子高生が居たんや。彼女はヤタガラスが身元調査のために監視下にあって、そこから神主へ報告が行きおった」
「なんで、そんな現場に行ったんだ?」
「さあ、知らんがな」
二人は思案に暮れてしばらく黙り込む。
口火を切ったのは小嶋の方。
「なんか話が出来過ぎている。タイミングがそろい過ぎている。その養子にしようとしている女子高生はどんな子だ?」
「わいも一度会うたことあるが、まあ普通の子やった。おとなしめで素直そうな、よくいる良い子って感じや」
「おかしい。何かおかしい」
小嶋は地面をじっと凝視する。
「むちゃくちゃ頭の切れるやつが裏にいる。俺たちのまだ知らない誰かだ。すまんが、俺はこの件は降りる」
「はぁ、何?怖気づいたんか?」
「もう何十年も神社のために奔放して時には法に背くこともしてきたから、首までどっぷり血の池に漬かっている。今更怖気づくなんてことはないさ。もうとっくの昔に感覚がマヒしちまっているよ。ただ、虫の知らせっていうやつさ。今回ばかしは身を引いた方が良いという」
「今更身を引くなんて、出来るわけないやろ。ここまで来たからには乗り切るしかあらへん。とにかく神主から殺害犯の背景をそらすことが必要や。どこか別の依頼主がいたようにでっち上げ。資産管理室は神社の裏工作の専門やろ、出来るやろ?」
「分かった。ただ、これ以上傷を広げるのは御免こうむる」
「それから、殺害犯の口封じも忘れたらあかん。全責任を被ってもらうために。生きて捕まってペラペラ喋られたら台無しや」
2人は東屋のベンチでそろってため息を付く。ふっと小嶋が思いついたように口を開く。
「その娘、もしかしたら猫かぶっている可能性も大だな。養子の話を進めた途端、立て続けにいろいろ起こっている。つまり弱みを握って、養子になっても俺たちの傀儡にはならないというメッセージかもな」
厚東は驚いた顔で小嶋の顔をまじまじと見る。そんなこと思いつきもしなかったという風に。




