パラシュート
業務用エアコンの大きな室外機が何個も並んでいて、その奥はフェンスで行き止まり。追いかけていた彼はどこにもいない。おかしいなと思ってフェンスの外を見ると、ビルの外壁の端に彼が立っている。背中には大きなリュックのようなものを背負っている。
「えっー」
彼は彼女の気配に気付き振り向くと、口の前に人差し指を立てる。そして飛び降りた。彼女は悲惨な結末を予想してパッと目を背けたけれど、恐る恐る目を開け彼の先を追ってみると、大きなパラシュートが空中を漂っている。さらに上昇気流をつかんでここよりも高度を増して上空へ舞い上がる。
パラシュートを操りながら涼はソフィアのことを思い出していた。
――こんなパラシュートを隠し持っているなんて、役に立つ子だなあ――
ホワイトストーンの日本支店が都内の高層ビルに入居していると分かった時点で、空から侵入する方法しか残されていないだろうと予想して、予め彼女に相談していたのだった。彼女はそれだったら良いもの持っているよ、とパラシュートを貸してくれた。
――あれっ、でもこんなものを隠し持っているということは、現役復帰の希望を捨てていないということ?――
ケーキ屋から追いかけて彼女の家に行った時、彼女は弱気になっていた。自分の欠点や弱みをあげつらって、もう彼がいないと生きていけないみたいな雰囲気だった。そして浴室では声を潜めてすすり泣き、泣き崩れていた。でも現役復帰を目論んでいるのなら、そんな弱気にはならない気がする。現役復帰の望みも絶たれてこの先の展望も何もないからこそ、絶望していたように思えたのに。
もし彼女の気の毒な姿に同情し、彼女の望むままの関係になってしまっていたら?
その関係を比呂美さんが知ると、彼と比呂美の間は気まずくなり、彼女の家に居づらくなる。すると彼にはソフィア以外に頼る人がいないので、結果的にソフィアの家に転がり込むことになる。比呂美は彼がアンドロイド、つまり機械だと知っていても対等に接してくれる。でもソフィアは彼の弱点を知っている。彼が身動きできなくなるデバッグモードに移行する小さな端末を今でも持っているかもしれない。だから必ずしも対等に扱ってくれる保証はなくて、むしろ上下関係つまり自分を下僕として扱う可能性が高い。
彼女の浴室のすすり泣きは、すりガラスのドアの向こうに自分がいるということを知った上での芝居だったかもしれない。
そんな考えがふっと頭の隅をよぎる。
――怖い怖い、もう少しで完全に支配されるところだった――
スペツナズ仕込みの格闘技とタフさ、射撃の腕、スタイルの良さと美貌。それだけ揃っているだけでも目を引くのに、更にそこに泣き落としの技術まであるとは。
彼女は日本の男が誰も声をかけてこないとボヤいていたけれど、それは多分男の生存本能が警告を発しているからなんだろう、危ない女だから近づくな、という。
――日本の男、優秀だよ――




