シャワー
一人残された彼は、手持ち無沙汰に部屋を眺める。1Rの狭い部屋。ロシアからは死んだと思われているから工作資金は出ていないので、本当に彼女自身が自分で働いて稼いだ額だけで生活していると思われる。
――十分人間的な生活に思えるけれど。こじんまりとしているけれど、身の丈に合った生活で、僕には今の彼女の方が好感が持てるな――
そんなことを思いながらテーブルを見ると、食べ終わった食器が置いてある。彼はそれらを洗っておいてあげようと思い、台所を使って良いか聞きに浴室へ向かう。すりガラスの扉の前に立ちノックしようとした時、中からシャワーの水が流れる音とともに別の音、とても小さくて聞き取れないほどかすかな鼻をすするような音が聞こえた。耳を澄ますと、その音は不規則にずっと続いている。そして、一瞬同じくらい小さな声が中から聞こえる。
「不公平よ、私の方が先に知り合ったのに」
シャワーの音にかき消されているけれど、彼女の声だ。鼻をすするような音は彼女のすすり泣く声だった。そして浴室のすりガラスの扉越しに、中の人影が壁に寄りかかり力なく床に崩れ落ちるのが見えた。
涼は彼女がかわいそうで、励ましてあげようと思ったが、でも完全に彼女の希望を最後まで叶えてあげられるかと考えると、それは無理そうだった。彼女の求めている関係は比呂美との関係に悪影響を与える。2人の思惑は衝突しそうだったから。
――ならば中途半端に期待を抱かせるのは却って残酷で、最初から突き放すべきなのでは?その方が彼女のためになるのでは?――
彼は何も言わずにテーブル上の食器を洗い、早めに家に帰るべきだなと思う。一言言ってから帰ろうと、彼女が出てくるのを待っていると、彼女は乾かしたばかりの髪に寝間着に着替えて脱衣場から出てくる。泣いてうっすらと目が充血して赤い気もするけれど、シャワー後で全体的に肌が水気を含んでいるから意識して見ないと分からない。
「醜い顔でしょ」
ファンデーションが取れて火傷の跡があらわになった顔で涼を見ながら言う。
「今更そんなこと、気にする間柄でもないだろ」
彼がそう返すと、彼女はちょっと悲しそうな顔をする。
「機械のままにしておくのは惜しいわ。あなたが人間だったら良かったのに」




