第十三話 手紙
執務室に、一通の手紙が届いたのは、夕刻のことだった。
「陛下。辺境より、書状が」
レナードの言葉に、アウグストは、思わず筆を止めた。
「……誰からだ」
「差出人は、セレフィーナ様、と」
その名を聞いた瞬間、アウグストの手から、力が抜けた。持っていた筆が、危うく落ちかけ、慌てて握り直す。
「……よこせ」
声が、僅かに上ずっていた。レナードは、何も言わずに、その手紙を差し出した。
封を切る手が、震えていた。
国家間の重要書簡でさえ、これほど手間取ったことはない。何度か封筒を取り落としかけ、ようやく開いた中には、たった一枚の便箋が入っていた。
文字は、いつもの彼女らしい、端整な筆致だった。
――もう一度だけ、お話しさせてください。
それだけだった。それ以上の言葉は、どこにもなかった。
アウグストは、その一文を、何度も繰り返し読んだ。読むたびに、意味が変わるわけでもないのに、何度も、何度も。
「陛下?」
レナードが、怪訝そうに声をかける。アウグストは、我に返り、慌てて手紙を胸元に押し込んだ。
「……何でもない」
「顔が、赤いようですが」
「気のせいだ」
我ながら、苦しい言い訳だった。レナードは、微かに口の端を上げたが、それ以上は何も言わなかった。
その夜、アウグストは、旅支度を命じた。
「明朝、出立する」
「辺境へ、でございますか」
「そうだ」
「……理由をお伺いしても?」
アウグストは、一瞬、答えに詰まった。手紙を受け取ったから、とは、さすがに口にしづらかった。
「……確認したいことがある」
先日と、まったく同じ言い訳だった。レナードは、今度は何も追及せず、ただ静かに一礼した。
旅の道中、馬車に揺られながら、アウグストは、何度も、手紙の文面を思い返していた。
もう一度だけ、話がしたい。
その言葉の意味を、あれこれと考えては、また分からなくなる。喜んでいいのか、身構えるべきなのか、判断がつかなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
彼女が、自分に会いたいと、そう言ってくれた。それだけで、胸の奥が、これまでにないほど、静かに満たされていく感覚があった。
国境を越える外交交渉でさえ、これほど心が定まらないことはなかった。
アウグストは、窓の外を流れる景色を見つめながら、深く息を吐いた。
――今度こそ。
今度こそ、彼女の言葉を、きちんと聞かなければならない。
馬車は、辺境へ向けて、日が暮れる前に、その速度を上げた。




